田中一匹梅雨前線
気象庁が今年も梅雨入りを発表した。八年前、当時思春期真っ只中な中学二年生であった一匹は、生まれ持った天然パーマがコンプレックスであった。なので、月二千円のお小遣いを二カ月分はたいて購入したストレートアイロンを駆使し、前髪を「これでもか!」というほど真っすぐにして登校していた。憧れのサラサラヘアーが風になびいていた。しかしどうにも、雨の日は心底憂鬱な気持ちであった。そして梅雨という期間は生き地獄のようであった。雨によって高まった湿度の影響で、どれほど前髪を熱しようと、学校につく頃にはくるくると可愛らしい有様になってしまっていたからだ。そういった日には、無駄な抵抗だと分かっていながらも、休み時間のたびトイレへと駆け込み、くるくるとはねた前髪を必死に手で引っ張りながら「伸びろ!」と叫んでいた。それくらい、サラサラヘアーへの憧れは大きなものだったのだ。ただ、古い写真たちを見返した今になって思う。「その前髪、変だよ。」と。
話は変わる。
先日、幼馴染の引っ越しを手伝った。彼も僕と同じく、新卒で入社した会社を時期早々に辞める運びとなってしまったため、実家に荷物を運ぶのだと言う。さすがは僕の幼馴染だ。類は友を呼ぶ、という言葉に深く納得させられる。レンタカーに乗せて運んできた荷物を彼の実家におろし終わると、お礼にとお母様が腕にふるいをかけて作った夕食を御馳走してくれた。彼の実家は飲食店を営んでいるだけあり、控えめに言ってもほっぺが落ちてしまうほどに美味であった。ステーキに天ぷら、お刺身、鰹のたたき、パスタなど、お母様はどうも腕にふるいをかけすぎたらしく、テーブルに収まりきらないほどの量であった。彼の家のテラスで、朝の4時頃まで飲み明かし語り明かし、「こんな日が毎日続けばいいのにな....。」と感傷的になっていると気付けば夢の中にいた。翌朝は彼のおばあちゃんが焼いてくれた大量のパンと、コーヒーを御馳走になった。「最高の休日じゃないか!」という言葉が思わず口から出そうになったが、なにか違和感を覚えて考えてみると、そもそも今の僕らには休日という概念は無いということを思い出し、なんとも言えない気持ちになった。
それにしても故郷というものは良い。無限に広がる田んぼ、街灯ひとつない道、うるさいウシガエル、近くの川から見える蛍。そのどれもが、なんでだろう、心を落ち着かせる。実家、母親と二人、蛍を探しながら川沿いの道を歩いた。会社を辞めた僕に対して、一言も叱責することなくいつも通りの笑顔で迎えてくれた母親。「あなたの息子で良かったです」という言葉は流石に恥ずかしすぎて、とてもじゃないけど口にできなかった訳だが、まあ、どうせこの記事も見ているだろうから伝わってしまう。母の愛は、どこまでも深いのだ。
うん、僕の人生まだまだなんとでもなる。僕の心模様も、空模様と同じく絶賛梅雨前線が停滞していたわけだが、故郷の空気を思いきり吸い込むと、一足お先に穏やかさを取り戻しました。
おしまい。