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脱色した髪と3万年前の頭部
情報に本質はないって思い出した私が知りたいのはねあなたの
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待ち合わせた豊洲駅の改札に立つ私を見つけるなり「なんだその色」って爆笑しながら近付いてきたAとは9年の付き合いになる。半月前に2発目の脱色をキメた私の髪の色に対してのセリフだとわかるまでに3秒くらいかかった。ていうか人のことめちゃめちゃ笑ってるAもXLくらいのアロハシャツに3XLくらいのズボン着ててなんだその恰好なんだけど。
なんか先月もお台場に来た。高いところとか大きいものが好きだからモノレールが好きで、お台場に来るとゆりかもめに乗らなきゃ気が済まない。豊洲の駅を発車すると右手にも左手にも赤いクレーンが次から次へと現れて、この辺マジ永遠に工事してますよねって思ったからそう言ったらAはほんとだよね~っていつものトーンで返してくる。高いところは好きだ。それに海も旅も好きだから、来世ユリカモメはちょっとアリかもしれない。
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テレポート駅でゆりかもめを降りて5分くらい歩いたら着いた展示場で3万年前のマンモスの頭部と対峙した。
結果、私は逃げた。
ロシアの永久凍土から3万年ぶりに発掘されたマンモスの頭部。は、展示用にガラス窓を取り付けられた真っ暗な冷凍庫の中スポットライトに照らされて居た。皮膚も体毛も腐り落ちず残っている。永久凍土ではたんぱく質を分解する微生物がいないからだ。冷凍庫で食品を保存しているような状態らしい。(ってさっきそこの通路に貼ってあったのを読んだ)
うわーとかすげーとかそのほか口々に勝手なことを言う他人に囲まれ、私の口からも感嘆詞が漏れた、ことへの違和感。肩から首にぴしりと緊張が走る。この感覚を知っている。
象牙の代わりに密売されることもあるという牙/体毛(さっき別のブースで触ったけど生き物の毛っていうよりテグスに近かった)/皮膚/その皺、皺、皺/の下に瞳を見つけて/これは『目が合った』という状態なのかなとか考える、
考える、
考える
「目も本物なんですかね」
いまなにか言わなきゃと思って言った。と気付いて(言う前から気付いていた)、恥ずかしくなって黙ってようと思った。
輪郭を視線でなぞる、皮膚、体毛、たんぱく質、ガラスを隔てても伝わってくる冷気がなければ腐ってしまうということ、後ろに他人の気配がする、3万年前に死んだこのいきものはつまりさんまんねんかんこのかたちをたもっているということ、「うわー」「すげー」「本物?」他人の声、他人の声がする、れいとうこのくらさ、スポットライト、『めがあった』、場所を譲るべきだろうか、さんまんねんってなんまんねん? 場所を譲るべきだろうか、
「ちょっと意味がわかんないです」
「あ、処理しきれない人がいる」
だってわかんない。なんか「すげー」って思った気がしたけどなにが「すげー」のかわかんない。なにが「すげー」のかわかりたくて考えだしたら前のブースで詰め込まれた知識とか途方もない数字とかを使うしかなくてよくわかんないよ私文系だし背後の他人はどんどん入れ替わってるっぽいしとりあえず私オトナだし場所譲った方がいいかなって。
「じゃあ残りたいって思ったら永久凍土に行けばいいわけだ」
Aがにやっとしてこっちを見る。冗談を言うときのいつもの顔だった。パーマをかけた茶色いロングヘアがちょっとマンモスっぽいなと思った。
3万年後、ガラス窓の取り付けられた真っ暗な冷凍庫でスポットライトに照らされる私の頭部。から、生える脱色された髪。から、3万年後の生き物はなにを見出すだろう。Aはまだ見慣れないらしく、ちょっと離れたとこから見ると知らない人かと思うと言っている。
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得体の知れないものを目の前にしたとき、あなたはどうする?
情報で処理しようとした自分に気付いて私は私にがっかりした。
さんまんねんまえのたんぱくしつとか、ロシアのえーきゅーとーどとか、せかいはつこーかいとか、上滑りするような言葉で知ってるだけの知識とか、それっぽい数字とかで、マンモスの頭部の価値を計ろうとした自分に、がっかりした。3万年が何万年かもわかんないくせに。
『1歳半』の甥。
『実家で飼ってる』猫。
『有名な企業の役員』のオッサン。
『Aの恋人』。
『XLくらいのアロハシャツを着た』A。
『2発目の脱色をキメた髪』の私。
そんなのは、その子自体を知る上でほんとうは関係なくて、もっと大事なことがあるって私は思ってるけど、あなたの答えと私の答えは違うかもしれないし、その違いこそあなた自体を知る上で大事なことのひとつじゃん。
なにに価値があるのか自分自身で決めていたいし、自分自身で決める人が私は好きだ。私的に来世ユリカモメはちょっとアリなんだけどあなたはどうよ?
今度マンモスの頭部に出会ったらきっとまず目を見てこんにちはって言う。それっぽい数字や肩書やスポットライトに目がくらまないように。
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それから長い時間をかけて、煮たり焼いたり飲み込んだりして、その子を自分のものにしたいなって思う。