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物の価値の問われ方からの問い直し

アガンベンの『スタンツェ』によれば、1925年に書いた書簡で、詩人のリルケは、「僕たちの父親の父親たちの世代にとってはまだ、家や噴水、見なれた塔、それから彼らの外套や衣服にいたるまで、このうえもなく親しみのあるものでした。なんであれしまいこめる、いわば壺のようなものだったので、そこに彼らは人間的なものを見いだし、さらに別の人間らしさを蓄えていったのです。ところが、いまやアメリカから、均一でない空虚な物がなだれこんできたのです」と書いて、物の領域で起こった変化について恐れを表明しているという。

産業革命以降の物と人間の関係が変わったことへの反応として。

産業革命以前、物は必要に応じて作られるものという性格が強かった。
それはあらかじめ誰か特定の人の使用を想定されて作られていたので、いわゆる交換価値を想定された「商品」ではなかった。

それが大量生産により、同じものがカンタンに複数つくられるようになると、交換、流通が想定された、誰のものとして作られたのかがわからない商品が作られるようになる。
リルケがいう「人間らしさ」が失われた瞬間だろう。

悪意をもった物たち

もう1人、フランスの風刺画家のグランヴィルは1834年に描いた挿絵で物たちの悪意に満ちた人間への意地悪を描いている。低すぎる電車の天井、脱げないブーツ、扉の間にはさまろうとする外套の裾などなど。

新しく登場した「商品」としての物たちに当時の人々は愛着を持てなくなっただけではなく、悪意をも感じていたのだろう。いままで愛しい同居人たちとしての物との生活が、打って変わって、不気味で意地悪な物たちとの生活に変わったのだとしたら、それは気持ちの持ちようも大きく変わらざるを得なかったのであろう。

そんな変化の必然を前に、当時の人々の見本となったのが、ダンディだったのだという。ダンディって、もともとはそういう人を指す言葉だったのかとびっくりする。

物に対して悪意を抱きはじめてきた社会において、その理想像となるのが、けっして困惑することのない男「ダンディ」であったという事実も、いまや非常によく理解できるのであろう。イギリスのかなりの数の名士たち、さらには王自身さえも、洒落男ブランメルの言うことに耳を傾けたとすれば、それは彼が、それなしではもはややっていけない知識の所有者たるべく振る舞っていたからである。物との気楽な関係を失った人間に対して、エレガンスと贅沢を生きる糧とするダンディは、物との新しい関係の可能性を教えたのである。

ダンディが教えた「エレガンスと贅沢を生きる糧とする」物との新しい付き合い方、確かにそれは現在に至るまで、物との付き合い方として定着しているといえる。

では、ダンディが示した可能性とは何だったのかというと、アガンベンはこうまとめている。

その可能性は、交換価値の蓄積はもちろん、使用価値の享受をもはるかに超えるものである。ダンディとは、物の贖い主、つまり商品という原罪を自らのエレガンスで打ち消す人物なのである。

と。
自らのエレガンスで、悪意ある得体の知れない隣人である商品の罪を贖う。つまり、商品を無罪にして赦すこと。それにより商品は人々の生活に普通に存在できるようになったということだろう。

贈与経済における物

だからこそ、同時期にマルクスは、こう考えたのだろう。

マルクスによる資本主義批判の全体は、交換価値の抽象性に対する使用対象の具体性の名のもとにくりひろげられていたと言ってもいいだろう。マルクスは、ある種のノスタルジーをこめて、ロビンソン・クルーソーや自給自足の共同体の例を喚びだす。そこでは、交換価値は存在せず、したがって生産者と物との関係は、単純かつ透明なのである。

十分には、ダンディでなかったマルクスは、リルケの父親の父親たちの時代の物と人との関係をロビンソン・クルーソーにおける、それと重ねて「単純かつ透明」であると考えたのだろう。

しかし、アガンベンが指摘するように、マルクスが前提とした「使用価値」は決してそれ自体、前提によるものではなかったことは、モースの『贈与論』などに代表される、贈与経済社会における物、財の捉え方を知ると、決して前提ではないことがわかる。

近代の民族学は、「どんな物も、使用対象であることなしには、価値ではありえない」というマルクスの先入観を無効にした。したがって、経済生活の心理的動機は有用性の原理であるという、この先入観に依拠する考え方もまた無効となる。経済の原初的形態を検討することによって明らかとなったのは、人間の行為が生産、保存、消費には還元されないということ、そしてかつて人間はそのあらゆる行動において、むしろ喪失と非生産的な消費の原則とも呼べるべきものによって支配されていたように思われることである。

モースが『贈与論』で明らかにした、贈与経済社会における、ポトラッチ、財の破壊を前提としたラディカルなまでの消費について、バタイユは『呪われた部分 有用性の限界』のなかで、こんなことを書いている。

至高の王は巨富を所有しており、これを自らの民の偉大な栄誉のために、芸術と祝祭と戦争のために、支出しなければならなかった。気前よく富を浪費する必要があり、ときにはゲームに負けることも必要だった。こうした王の気前のよさは、すべての時代、すべての風土で、大衆が求めるものである。これは社会的な活動の意味を解読する鍵であり、これなしには、社会的な活動の意味を理解できないだろう。

消費を前提とした王の振る舞い。しかし、これは単に財をもつものが、財を持たないものに財を分配するという話として理解してしまうと間違う。
あくまで、王は財の消費、破壊を目的として、その振る舞いをするのである。

別の例として、旅からたくさんの物を持ち帰った商人たちが帰るとすぐに宴会を開き、集まった人たちに持ち帰った財を与えることについてもバタイユは書いている。

この営みでは、交換される品が「失われた」わけではなく、栄誉ある世界との結びつきを保っていたのである。ここで渡される贈物は栄光の証しだった。品物そのものに栄光の輝きがそなわっていた。贈物を与えることで、自分の富と幸運、すなわち自分の力をあらわにするのである。「商人」とはあくまでも〈贈与する人〉であり、旅から帰ると、まず宴会を開くことに気を配る。宴会には商人仲間を招待して、山のような贈物を持ち帰らせるのである。

つまり、ここには交換価値の蓄積という資本主義的な発想がないだけではない。使用価値そのものをもつことさえ、想定されていない節があり、それ以上に消費、いや、浪費に価値が与えられている。

太陽をカロリー源と見做さない

バタイユが考えているのは、こういうことだ。

何の役にも立たないものは、価値のない卑しいものとみなされる。しかしわたしたちに役立つものとは、手段にすぎないものだ。有用性は獲得にかかわる--製品の増大か、製品を製造する手段の増大にかかわるのである。有用性は、非生産的な浪費に対立する。人間が功利主義の道徳を認める限りにおいて、天は天のうちだけで閉じていると言わざるをえない。こうした人間は詩を知らないし、栄誉を知らない。こうした人間からみると太陽は、カロリー源にすぎないのだ。

有用性に対立するものとしての、非生産的な浪費。単なるカロリー源に太陽を陥れてしまわないような思考態度。

最近、ギフト経済について、議論されたりすることをよく見かけるが、それは単なる経済システムの変更だけではうまくいかないことがよくわかる。

必要なのは、システム変更だけではなく、むしろ、ダンディたちが行ったのとは逆の方向で、物と人との関係という根本的なところでの精神的態度の変更だろう。

そもそもの贈与経済における贈与では、マナという物の霊的な力の流通が目的でもあったのだから。

#経済 #アガンベン #バタイユ

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