幻惑のローマ
どうやら行く場所がマニアックな傾向があるようだ。
前からローマに行く機会があれば絶対に行きたいと思っていて、今回颯爽と出かけたヴィッラ・ファルネジーナ・キージも、観光客らしい人は比較的少なかった(途中で団体客がやってきたけど)。
それに比べて、ローマ滞在4日目にしてようやく足を運んだスペイン広場の人の多いこと。これは楽しくない。
当然、ゆっくりお目当てのラファエッロ作《ガラテア》をみることができたキージ荘のほうが楽しかった。
異教の神々を嗤う
さて、ヴィッラ・ファルネジーナ・キージは1520年完成の初期ルネサンス様式の館だ。シエナ出身の銀行家アゴスティーノ・キージが建築家バルダッサーレ・ペルッツイに依頼して作った個人の邸宅。その後、16世紀の終わりにファルネーゼ家に渡っている。ファルネーゼ家はローマ法王も輩出したイタリアの名門だ。
みたかったのは、先にも書いたように、ラファエッロ作のフレスコ画《ガラテア》。こんな絵。
ギリシア神話に海のニンフとして登場するガラテアは、一つ目の巨人ポリュペモスに恋されるが、ラファエッロのフレスコ画で描かれるのは、そんな巨人の無骨な愛を笑うガラテアの姿だ。
その隣に寂しそうに1人でうつむくポリュペモスの絵があるのが印象的だ。
ポール・バロルスキーは『とめどなく笑う―イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽』で、こう書いている。
ガラテイアがポリュフェモスの愛を拒む有名な物語は、古代ではテオクリトスやオウィディウスによって、またルネサンスにおいてはポリツィアーノによって語り継がれ、この醜い単眼巨人はいつもいつも嘲笑の的になった。ラファエロのガラテイアは、セバスティアーノ・デル・ピオンボの描く、悲しみに沈んで海辺に座る獣さながらのミケランジェロ的なキュクロプスから逃げ去ろうとしているところのようだ。美しいガラテイアに恋焦がれるこの一つ目の怪物の「ユーモラスな悲しみ」には、グロテスクとは言わないまでもどこかちぐはぐなところがある。
3日目にヴァチカン美術館に訪れたが、いろんなルネサンス絵画も集まる、その巨大な美術館でひとつ物足りなさを感じたのは、この点だった。カトリックの総本山ともいえる場所だから、当然なのだろうが、異教の神であるギリシアやローマの神話の神々を描いた絵がなかったのだ。
バロルスキーの本を読んで以来、古代の神々を嗤う絵にこそ、ルネサンス美術の面白さを感じているので、この《ガラテア》や隣の間のアモールとプシュケーの物語を描いた絵を見るのが楽しみだった。
この手の嗤いは、このキージ荘のこれらの作品だけでなく、街のいろんなところにあった。
例えば、噴水のこんな像。
あるいは、こんな天井画にも。
当然、この嗤いは、いまの笑いとは明らかに質の異なるものだけど、奇異なものに価値を見いだしていたルネサンスの価値観をあらためて感じられたローマ旅行だった。
幻惑する遠近法
キージ荘の2階には「遠近法の間」と呼ばれる部屋がある。
ふたたび、バロルスキーを引けば、こういう部屋だ。
ペルッツィは二階の大広間において、マンテーニャの伝統、というかもっとはっきりいうとラファエッロの伝統を引く絢爛とウィットに満ちたイリュージョニズムの極を現出せしめた。彼は、ヴィッラそのものの開廊そっくりの外が見える開廊構造を壁上に描き、あまつさえこの開廊の向こう側にキージのヴィッラから実際にそう見えるようなローマの景観を描きだした。
冒頭のペルッツイはこの邸宅をつくった建築家であり、この部屋のフレスコ画を描いている。
そのフレスコ画に描かれるのは、古代の円柱の隙間に描かれたローマの街の風景だ。そこまで騙し絵的に描かれてはいないので、柱の隙間に「本当のローマの街」が見えているのは、さすがに感じない。いや、あらためてみると写真の方が外の景色が本物っぽい。
バロルスキーはこう続いている。
現にぎりぎり肉薄した幻を差しだしていながら、最後には、このイリュージョンも一個の虚だということを見る者に悟らせる。ペルッツィのフレスコ画は、ローマの洗練された宮廷趣味を表現した後代のマニエリスム美術と同様、現実というものに対する、また美術と現実の関係に対する極度の自意識の所在をうかがわせるのである。彼のフレスコ画は、先行するマンテーニャや後代のマニエリストたちのフレスコ画と同様、同時代人士からはウィットの離れ業とみなされた。
これもルネサンスのウィット、嗤いなのだ。この感性もまたローマではあらゆる場所でみつかる。
あちこちに騙し絵
その代表的な例がサンティニャツィオ教会の天井画《聖イグナティウス・ディ・ロヨラの栄光》だろう。
天へと突き抜けるような騙し絵が大きな聖堂の天井いっぱいに描かれている。窓の張り出しや柱の立体感が相まって、どこまでが本当の立体感で、どこからが絵なのか惑わされる。
この天井画だけではない。
クーポラの丸天井も、その先の後陣の天井も、ある一点からみると、すべて立体的にみえる仕掛けとなっているのだ。
当然ながら、見るべき位置から見ないと像は歪む。
ここまで騙し絵的なものではないにせよ、いろんなフレスコ画が目を騙そうとする。
例えば、ティヴォリのデステ邸のこんなのだったり。
先のキージ荘のこんなカーテンの騙し絵もそうだ。
絵そのものに虫が止まってるように見える騙し絵があったりするが、これらのフレスコ画も同様の感性によるものだ。
ただ、こういう感性の発現が高貴な人々のお金をかけた私邸に表われ出ているのが面白いと思う。
ルネサンスの光の下で
同じ感性がベルニーニと並ぶバロック建築の巨匠とされるボッロミーニが建てたスパーダ宮にも見てとれる。ここもキージ荘同様にローマに来たら、前から行きたいと思っていた場所の1つ。
まずは室内をみると、こんな騙し絵的な模様があちこちに描かれている。
ぱっと見、どの辺りが騙し絵的なのかが、これらの写真だとわからないだろう。
しかし、近づいてみれば、それが絵だということがはっきりと分かる。
この壁の床に近い緑の部分だったり、
この窓枠の近くの枠だったり。
いったん気がつけば、騙し絵になりきっていない。
しかし、この建物が建てられた時代のことを思い出せば、事情は大きく変わる。
マリオ・プラーツの『ローマ百景Ⅰ』から引く。
絵画は実生活を模倣すればするほど完璧になるという遠い古代の理論、絵画に描いた葡萄を啄みにきた小鳥や、偽りのカーテンを本物のカーテンととりちがえた画家についての、ゼウクシスとパラシオスの古い逸話、部屋のさまざまな隅に身を移しても、そこに描かれた人物の視線から逃れられないという、いまだにガイドが小銭とひきかえに教えてくれる「トロンプ・ルイユ」の驚異--これらはまさに、われわれの祖父たちが、いかなる種類の喜びを松明の光に照らされた美術館に期待していたのかを理解するうえで有益なものである。そして、この演劇的な効果は、松明の光の揺らめく性質のおかげで得られているものであり、すなわち、炎の不安定感によって、照らされた対象が生命を得ているように見えるのである。それは現代の記録映画において、彫刻された人物や描写された人物が、それらのイメージをわれわれに伝達する媒体の運動のおかげで、あたかも生命を有するものとして見えるのと同様である。
なるほど、確かに燃える火の光の下でなら、キージ荘のカーテンも、スパーダ宮の窓辺の木枠や床上の装飾も本物と見紛うかもしれない。
幻惑する街
しかし、本気で偽物を本物に見せようとしていたわけではないのは、スパーダ宮の庭にある、こんな空間を見るとわかる。
これまた写真だと、何が変なのかわからないかもしれない。
では、これではどうだろう?
やはり、写真だと気づきにくいかもしれない。
実は、この列柱のある廻廊、すごく長く見えるが、遠近法の錯覚なのだ。地面は上り坂になってて向こう側が上がってるし、天井は奥に行くにつれて低くなっている。もちろん、奥の柱は短いし、細い。徹底してるのは奥の生垣も同様に台形に刈り込まれている点だろう。
実は、このスパーダ宮、先の内部の騙し絵だけではなく、外側の壁にも窓の絵などが描かれている。外側はさすがに消えてきていて、本物らしさは皆無だが、徹底して、目を騙すユーモアで貫かれているのだ。
ユルジス・バルトルシャイティスが、『アナモルフォーズ』で、こう書いているとおりだ。
遠近法は視覚を合理化したものとして、また一個の客観的現実として復権するが、しかもその見せかけとしての側面も失っていない。その技術の発展があらゆる虚構に新しい手段を与える。漠々たる広がりを小さな空間の中に創りだすことができる。距離を自在に縮めることができる。正確な表象の手続きを獲得したために、虚構の世界を増殖させる「大いなるイリュージョン」がうまれ、これがあらゆる時代の人々にとり憑いてきた。
まさにルネサンスのローマを遠近法をはじめとする美術的な幻惑の魅力がとり憑いていたのが、今回ローマのあちこちを歩き回って感じた。
あからさまな騙し絵だとか、神々を嗤う絵画などだけでなく、そもそものカトリックの名だたる大教会からして、その華やか過ぎる空間演出により神の国の価値を高めていたのに他ならない。
視覚的な幻惑の街ローマ。そこがカトリックの総本山としてのヴァチカンを内包しているのはよくわかる気がした。