![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/142936770/rectangle_large_type_2_1519156d09134852f441d6b4676d377d.jpeg?width=1200)
アルゴリズムのオモチャにされる世界で/「Selected Instrumental Works 2020-2024」発売記念インタビュー
2024年4月17日、Tamuraryoの3作目となるアルバム「Selected Instrumental Works 2020-2024」がリリースされた。リリース後、わずか1ヶ月で再生回数が10万回を超えるなど好調な勢いを見せている中、今年で活動5年目を迎えるTamuraryo氏に、今回のリリースの制作秘話を伺った。(Interview:Sabu、Beesun)
深夜から夜明けまでをイメージしたアルバム
ーーニューアルバムのリリース、おめでとうございます。
ありがとうございます。
ーー本日はアルバムについて色々と伺わせてください。今回、インストゥルメンタルの曲だけを集めたアルバムを出そうと思ったキッカケは何だったのでしょう?
めちゃ単純で恐縮なんですけど、制作した曲が溜まり過ぎてて、そろそろアルバムにまとめようと思ったからですね。お正月にファミレスに篭って1年のリリース計画を考えて、まずは4月にインストアルバムを出そうと。次は9月くらいにフォークアルバムを出そうと思ってます。
ーーアルバムのタイトルを何かコンセプチュアルな言葉にするのではなく、「Selected Instrumental Works 2020-2024」という、そのまんまなタイトルにしたのには何か意図があったのでしょうか?
フォークとかロックだったら結構コンセプトから作り込むんですけど、今回はビートなうえ既発曲も多いし、コンセプトアルバムみたいにはならないと、まず思ったんですよね。それでAphex Twinの「Selected Ambient Works 85-92」っていうアルバムのタイトルをもじって「Selected Instrumental Works 2020-2024」というタイトルにしてみました。
![](https://assets.st-note.com/img/1717481165632-46j2cQXqCF.jpg?width=1200)
ーーなるほど、そういうことだったんですね。曲順はどのようにして選んだのでしょう?
曲順は、みんなが寝静まった時間のBGMに...という感じで選びました。1曲目「Under the Moonlight」が「夜」に始まって、海辺をドライブしながら12曲目の「Blue Sky」で「夜明け」を迎える...みたいなそんなイメージですね。
スーパーの店内でもトラックメイキング
ーー全体を通して「夜明けまでの物語」になっているわけですね。個々のインスト楽曲はどのような流れで制作されたのでしょう?
今回は自分で弾いたフレーズとかサンプル音源を刻む感じで作りました。一度聞いたフレーズを頭の中に入れておいて、それらを自分の頭の中で「こことあそこ、くっつくんじゃね?」みたいな感じで、切り貼りする感じですね。多分ビートを作る人じゃないと何を言っているのか全然分からないと思うんですけど(笑)ビートメーカーは大体そんな感じだと思います。
ーーへ〜、じゃあ頭の中である程度イメージを作っておいて、それが出来てから作業に移るわけですね。なんか器用ですね。
そこは慣れですね。はじめはうまく出来なかったので、最初に作ったインストEP「No Word RP」ではあまり刻んでないです。アルバムの後半、最近作った曲になってくると大分刻んでますね。「Tokyo State of Mind」とか。
ーーなるほど、最初から出来たわけではないんですね。
そうそう、少しずつ出来るようになった感じです。最終的には、普通にスーパーで買い物してる時とかも店内で流れている曲を聴いて「あぁ、このフレーズのこことこことここをチョップして、ここはピッチをこう変えて、こういうドラム入れたらカッコいいな、こういうループが作れるな」みたいな感じになりました(笑)。
ーースーパーでそんなこと考えながら買い物してるんですか、面白いですね(笑)。
ビートメーカーって割とみんなそんな感じだと思いますね。聴いてるもの全てをサンプリングする時期みたいなものがある(笑)。
ーーそんな時期があるんですか(笑)。それにしてもこの5年、フォークソングをやってヒップホップをやって、そして今度はインストというように、振り返ってみると本当にいろんなジャンルに挑戦されていますけれども、インストの楽曲制作を始めたのには何か理由があったんでしょうか?
レーベルの人から「インストやってみたら?」って勧められたからですね。フォークのアルバムを作っていたらコロナの世界的な流行が始まって、スタジオで録音するという感じでもなくなってしまって。宙ぶらりんになっていた時に、家でインストでも作ってみたらみたいな感じで軽く勧められて、そこからどっぷりハマってしまいました。歌モノの音楽性にも多大な影響がありましたし、レーベルのKさんには大大大感謝です。
アルバム自体に思い入れが少ないからこその「Selected Instrumental Works 2020-2024」
ーー実際にアルバムを仕上げてみて、今どんな気持ちですか?
うーん....それがこのアルバム、こんなこと言って良いのか分からないんですけど、アルバム自体にめっちゃ思い入れがあるって感じではないんですよね(笑)。
ーーえっ、思い入れ、あんまりないんですか(笑)。意外過ぎて逆に面白いんですけど、どういうことですか。まさか「思い入れがあるって感じではない」とまで言われるとは、予想外でした(笑)。
例えばフォークソングだったら歌詞がつけられるし、何となくその時々で思っていることをメッセージに入れたりするんですけど、ビート制作って特に何も考えてないんですよ。何も考えず、ただノリノリで格闘ゲームしてるみたいな、そんなイメージなんです。多分「こういう思いで!」っていう感じでビート作ってる人ってあんまりいないんじゃないかな。ラップはあると思いますけど。
ーーああ、なるほど。言われてみれば確かにそうですよね。ビートってそんなウーンって考えて作るというよりも、もっとその場のノリで感覚的に作っていくものですもんね。「格闘ゲーム」っていうのも言い得て妙ですね。じゃあ「Under the Moonlight」とか「Blue Sky」とかって曲名をつける時はどのようにして決めたんですか。
それも本当に適当ですね。信じられないぐらい適当で、30秒くらいで決めてたりします。リリース用に曲名を付けるけど、普段はビートを作っても名前は「270」とか「275」みたいに、番号で管理してます。
ーーそうなんですね。まあそうなりますよね。
まあでも思い入れがないと言いつつ、個々のビートに対して「良いものができたな」という手応えはあります。リリースを重ねる度にインストの制作もどんどん上手くなっているし、ビートに自分の色が出るようになってきていると感じています。自分でも印象的だったのは、だんだん音数が減っていって、ギターみたいなうるさい音もどんどん減っていって、「静けさ」みたいなものに近づいていったことですね。おお、自分はこういう風に変化していくのかと、自分でも驚きました。
ーー数をこなすうちに余計なものが削ぎ落とされて、ミニマルになっていったんですね。
ですね。もともとはあまりビートやインストを聴くようなタイプでもなかったんですけどね。
ーーそうなんですか?
それこそAphex Twinとかthe booksとかその辺くらいしか聴いてなかったですね。最初の方はGarageBandの操作方法を覚える意味合いも兼ねて、練習で作っていたんです。ピアノの「バイエル」みたいに練習曲を1曲やったら「ハイ、バイバイ」みたいな、そんなノリですね。で、続けていくうちに筋トレみたいにどんどん力がついていって。それでレーベルに出来たビートを送ったりしてたら、じゃあリリースしてみようか...っていう、そんな経緯でした。聴きたいっていう人もいるだろうし。
![](https://assets.st-note.com/img/1717481346860-QfzWu5XIGB.jpg)
ーーじゃあ本当に自然な流れでそうなったわけですね。
そうなんです。自分にとって曲、特にビートを作ることって歯磨きと同じで、もはや日常生活の一部なんですよね。ビートは最初から「アルバムを作るぞ!」と思って作ってはいないんです。思いついた時に曲を作っていって、ある時、ふともっている曲をカウントしてみたら10曲とかになってて「10曲か、じゃあ今まで出したものに2曲くらい作って足せば、アルバム出せるな」みたいな感じで。
なので、個々の曲には思い出とか思い入れはあるのですが、アルバムとしてバーン!と思い入れがある感じではないです。好きなインスト曲のまとまり、という感じ。本当に「Selected Instrumental Works 2020-2024」というタイトルそのままです。
プレイリスト、アルゴリズムとLo-Fiビート
ーーリリースからたった1ヶ月で10万回以上再生されているということですが、いったいどんな人たちに聴かれているんでしょう?
うーん、私の曲が好きという人も結構いてファンメールとか頂いたりするんですけど、多分再生の70%くらいはプレイリスト経由で何となく聞かれてる感じですね。BGMとして。
ーーそうなんですか。
これはインスト作品を出し始めてわかったことなんですけど、インストって結構アルゴリズムベースのレコメンドの影響が強いジャンルなんですよね。特にローファイポップのビートみたいにザラっとしたやつって、飲食店とか美容院とかのBGMとして消費されている印象ですね。だから曲に興味をもってる人はいても、私自体に興味をもってる人は凄く少ないんじゃないかな、SNSのフォロワーだって少ないし。
ーーApple MusicやSpotifyで、勝手にオススメで流れてきて出合う、みたいな感じですかね。
そうですね。出会うというか...美容院とかカフェのBGMで何となく聞き流してるとかが多いんじゃないかな。インストだとどこで何万回再生されても感想とかって、そんなに来ないんですよね。この間「Tamuraryoさんの曲、本当好きで」って言って、1年間に3500分以上再生したっていう画面をスクショで送ってきてくれた人がいて凄く嬉しくてちょっと泣いちゃったんだけど、インストだと基本的にはそういうのは稀で。歌モノの方が反応も多いし、歌詞の意味を教えてほしいみたいなメッセージもたまに来ますね。
ーーそれってなんか凄く今っぽい話題ですよね。作家の存在が消失して、作品だけがアルゴリズム上でひとり歩きしていくような感じというか。
そうですね。SEO対策などでは、すでに人間ではなくGoogleのランキングアルゴリズムに対して話しかけているような状態になっていますが、このまま行くとBGMとして消費される音楽は、聴衆に対してではなくアルゴリズムに対して作曲されるようになるかもしれませんね。
アルゴリズムの舞台でオモチャにされている
ちょっと話は飛ぶんですが、多分、今後100年間で一番人類に影響を与えるブレイクスルーってAIじゃなくて「ブレイン・マシン・インターフェース」(Brain Machine Interface:脳と機械を直接接続し、思考や意図に基づく情報の伝達や操作を可能にする技術。以下BMIと表記)だと思うんですよね。その辺のことを少し話してもいいですか?
ーーもちろん、どうぞ。聞きたいです。
アニメ/漫画の「攻殻機動隊」だと時代設定が「国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない」頃の近未来あたりに設定されているんですけど、これってブレイン・マシン・インターフェースが浸透して一定の期間を経れば、そういうのはなくなるという士郎政宗の考えが現れているのではないかなと思うんですよ。その先の電脳化も含めて。
![](https://assets.st-note.com/img/1717485883622-mZtPEzYzRe.jpg?width=1200)
ーー国と国、個人と社会といった「境界線」がなくなっていくわけですからね。
そうです。世の中って基本的に個人よりも社会の方に知識や能力があって、今は社会からその知識やら技術やらをインストールしてくるのがうまいやつが「能力が高い」ってことになっているわけじゃないですか。大学とかも、個人が大学から知識やノウハウを自分にインストールしていく。で、そもそもなんで「個人」や「社会」っていう概念があるかっていうと、社会と個人が「うまく接続できない」からこそだと思うんですね。
ーーなるほど。
でも今後BMIが発展すると、物理的にやろうと思えば、個人が100%社会と繋がれるようになってくる。ってなってくると逆に個人っていうのは意志をもって社会から切り離さなきゃいけない、っていうふうになるんだけど、BMIが主流の時代においては、社会に自分を預けちゃってる人ほど強くなっちゃうんですよね。これはほぼ間違いない。そうなると、逆に社会に自分を預けないと社会から弾かれわけちゃうようになりますよね。それって最早社会の構成員として死ぬか、個人として死ぬかの2択を迫られるのと同じなんじゃないかなって。これ、ほぼ確実に自分の子供世代くらいには来る話だと思うので、製作中にその事についてよく考えていました。
ーーインスト制作しながら、そんなことまで考えていたんですね(笑)
そうなんですよ(笑)。あらゆるものが人間ではなく社会やそれを構築するアルゴリズムに向けて発信されるようになるのって、最先端技術のEvil(=悪)な部分だな、そしてこれって今後どんどん大きくなってくる問題だよなって、作ってて凄く感じました。Lo-Fiビートを含む特定のタイプのインストは、アルゴリズムの舞台でオモチャにされてるって感じがしますね。人間も機械も作品自体を消費してるんであって、作品の舞台裏や人間的なストーリーはあまり重視されていない。100%そうとは全く思っていませんが、そういう領域が多めに存在していると感じます。
ーーそれってどういう気持ちなんですか。そう聞くと、なんだか残酷な状況の中でアルバムを出したような気もしてきますけど。
うーん、個人としては沢山再生されて製作費が回収できたりするので、そこまで残酷という感じはないですね。社会の構成員として、個人では抗えない流れなんだろうなと思っています。ただ社会的な側面、人間の尊厳という視点で見ると、Evilだなという感覚は強くもっていたいなと。
ーーなるほど、そこは両義的に捉えてるわけですね。それにしても、今までそういうふうに考えたことなかったけれど、インスト、特にLo-Fiビートという1つのジャンルをよく見ていくと、凄く今の世の中を反映しているわけですね。
そうなんですよ。だからか、自分のビートが社会に開いていくような感覚がありましたね。
ーーこれからもインストを作っていくんですか?
インストは出すかもしれませんが、アルバムはもう出ないかもしれませんね。フォークソングとか作品のインストゥルメンタルバージョンを出すことはあるかもしれないけど、今回のような作品はもう出さないかもしれません。
ーー練習はやりきったっていう感じですね。それにしても今回せっかくニューアルバムをリリースしたのだからもっと苦労話や売り文句みたいな、CM的な話をするのかと思いきや、そういう話は一切なく、ひたすら音楽とテクノロジーについてクリティカルな考察を交えて語っていたところが、聞いていて非常に面白かったです。まさか「思い入れが少ない」とまで言われるとは、予想外でした(笑)。次は秋のリリース、楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました!
ありがとうございました!