負けてなかった

十勝の田舎町で暮らしている。僕はきのこ農家だ。生産物の評判は上々。それもそのはず、美味くなる要素をすべて取り入れた栽培方法の結果だ。収穫量は少なく、作業も大変だが、こっちを選んでよかった。経営は上手くいってないが、胸を張れる。応援してくれる人も多いわけだ。

だが、後ろめたさもある。僕の生産物を褒めてくれるが、それは僕が開発したものではない。出来合いのものを寄せ集めただけだ。僕の欠点である「栽培に対する情熱不足」もそこからやってくる部分もあるのだろう。

そのためか、定期的に「本当に美味しいのだろうか」という疑問が脳裏にやってくる。謙遜ではない。情熱不足から来る冷静な疑問であろう。故に他農家のきのこを食べることも定期的にやってくるわけだ。先日も試食を行ったのである。

結果から言うと負けてなかった。間違いなくバイアスが掛かっているであろう僕の判断は怪しいところもあるが、それを多めに差し引いても勝っていると思えた。食感、味、香り、どれを取ってもである。おそらく誰でも同じ判定になるだろう。それくらいの差を感じた。ブラインドテストでも結果は変わらないと思えたのである。

けれども今回の試食は相手に寄せてみた。いつもは僕の生産物の良さが分かる調理方法で試食していたが、今回は相手の良さが分かるような調理方法で試食してみたのである。具体的にはバター醤油炒めとフライ。どちらも食材の旨味が分かり難くなるので避けてきた調理方法だ。だがそれを今回は採用したのである。

バター醤油炒めは美味しかった。バターのコクと醤油のキレ。旨味成分も豊富だ。最強タッグであろう。正直に言うと、何でも美味しく食べられるのではないかと思ってしまう。けれども、ちゃんときのこは仕事をしていた。おそらく、きのこ嫌いな人が感じる味だが、バターと醤油との相性も良いように思える。誰もがこの調理方法を選びたがる理由にも納得が出来た。

フライも美味しかった。こちらも、きのこ嫌いな人が感じてるであろう味が際立っていたが、ソースとタルタルのアクセントにもなっていた。ほぼほぼ食感担当に成り下がっていたが、これはこれで美味しいと思える。

けれども負けてはいなかった。そもそも、勝負する土俵が違うのかもしれない。皆が思っているきのこの味とは違うからだ。僕のきのこは、きのこ嫌いの人からも美味しいとの声を多く頂いている。基本的には同じだが、癖のある味は少なく、旨さは多い。ライバルは栽培方法の違う同種ではなく、ポルチーニやマッシュルームなのだろう。

それにしても安心した。この頃は自身の生産物を語る機会が多い。その度に美味さをアピールはしている。それが嘘になってはいなかった。たしかに僕は謙遜の美学を持っている。美学と言えば聞こえはいいが、単に保険を掛けているに過ぎない。それを分かっているからこそ、語るときには遠慮はしないようにしている。だから不安になっていたのだ。

やはり試食は大事。これからも定期的に試食は続けようと思う。


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