海辺の町に嫉妬した
十勝の田舎町で暮らしている。僕はきのこ農家だ。いわゆる『脱サラ転職の移住組』というやつである。故に過去に何度も取材を受けてきた。そこで質問されることは決まっている。「この町に決めた理由は何ですか?」。そして、僕に期待されてる回答も知っている。「自然豊かなところです」。だが、僕の本心は違っていた。
そもそも僕は元短期転勤族だ。すき好んで移住を繰り返してきた過去がある。郷に入って楽しく暮らすことはお手のものだ。たしかに自然豊かな場所は好きだが、それが無くても楽しく暮らせるだろう。
僕がこの町に決めた理由は、いい条件の地域おこし協力隊案件があったからだ。もちろん、その条件の中には勤務地が北海道の十勝であることも含まれている。その町は中核都市である帯広との距離感もいい。十勝の中では札幌に近いこともいいと思えた。
故に僕はこの町を気に入っている。けれども、その最大の理由に共感してくれる者はあまりいない。僕がその理由を口にしないことも原因のひとつだろう。なぜ口にしないのか。あまりにもくだらない理由だからだ。
エリアに対する"すみっこ感"が気に入っている。僕の住む町の位置は十勝の北西端。北には大雪山系があり、西には日高山脈がある。それは壁のようだ。おかげで十勝がひとつの部屋とすれば、僕の住む町は"すみっこ"だろう。そこは落ち着く。大勢で大部屋に泊まるとき、僕はそこを取りにいく。その理由と、僕の住む町を気に入っている理由は、同じなのである。
もちろん、町の特産品も魅力的だった。十勝のチーズはどこも美味しいが、この町のチーズはその中でも上位に入る。僕が語るまでもなく世間の評価は高い。町の推しである蕎麦も美味しい。他にも多くある。僕の"きのこ"もそのうちのひとつだ。
けれども、それらはこの町に住むと決めた理由にはならなかった。他所に勝る要因とは思えなかったからだ。結局はどこも一緒。皆いい場所だ。それ踏まえて、あえて住むと決めた理由は"すみっこ感"があったからというわけだ。
けれども、十勝には嫉妬するほどいい町がある。住みたいかと聞かれれば悩んでしまうが、たしかにその自治体は僕の心を揺らす。その町は十勝の南部にある。太平洋に面した海辺の町だ。自然が溢れ、特産品が魅力的なところは他の町と同じだろう。すこし違うとすればロケットの発射場があることくらいだ。とはいえ、ロケットの発射場があることに嫉妬しているわけではないのである。
たしかに、そこは世界的に見ても、絶好のロケット発射場となりえる地域だ。東には太平洋が広がっている。打ち上げに問題となるものは無い。加えて、日本の加工技術は世界でもトップクラスだ。国内にある技術でロケットの開発を進めることもできるだろう。他国に比べればハードルは低い。その技術は軍事転用も可能なだけに、国をまたいで調達することは難しいからだ。つまり、地理的にも、技術的にも、世界でトップクラスに宇宙を目指しやすいというわけだ。
とはいえ、宇宙を目指すことに魅力を感じる人は少ないだろう。上記のような理屈から宇宙を目指す者もいるとは思うが、それよりも人の本能的に宇宙を目指したいと思う方が自然と思われる。そんな人は少数派だと思うのだ。
太古の昔でも、集落を出て”あの山の向こう”を目指した者はいたのだろう。おそらく彼らも少数派だったと思う。そんな者が多いと集落が維持できなくなってしまうからだ。きっと周りからは理解されなかったのであろう。けれども、彼らのおかげで人は世界中に広がることができた。
僕らは彼らの血をひいている。故に少数で周りに理解もされないが、宇宙を目指すことに魅力を感じる者もいるというわけだ。アフリカで発祥した人類は3つのルートで世界中に拡散していったと言われている。そこから枝分かれし、4つ目のルートで宇宙に上がろうとしている。その分岐点が日本の北海道にある十勝の海辺の町になるかもしれないというわけだ。
故に、その海辺の町ではロケット開発が行われている。大手の会社もいればベンチャー企業もいる。日本の各地から人が集まってきているというわけだ。問題も起こっている。インフラが足りていないそうだ。そのため、ロケット開発と並行して街づくりも行われている。資金も足りない。そのために産業も活気づけている。すべては宇宙へ行くため。それは町の強力な特異点と言ってもいいだろう。その特異点を取り巻く”繋がり”に魅力を感じている。僕の嫉妬はそこから生まれているものだろう。
『町の魅力とは?』。すこし前の時代から多く議論されてきた問いであろう。魅力となる箱物を多く作った時代があったが、それはどうやら違っていたようだ。一方で、体験やストーリー、そこに住む人そのものに、地域の魅力の根幹があるという説がある。僕もそう思っていた。だがしかし、それも違うのかもしれない。
商売にはシナジー効果というものがある。関係性のある個別の事業が互いに影響し合って、いい結果を増幅させるという効果だ。それは地域の魅力にも当てはまるのかもしれない。人が触れたい部分は、ひとつひとつの事業や産業ではない。ましてや動かしている人でもない。繋がりの部分だ。だがそこに可視化できるものは無い。その魅力を感じて個別の産業や事業に触れている者も、本当は繋がりのハブになるような特異点に触れたいのではなかろうか。
もしも、僕がその海辺の町で”きのこ”を生産していたら、今とは別の想いを抱えていたかもしれない。そう思えるほどの魅力を感じる。故に僕はその海辺の町のファンだ。いつか聖地巡礼もしたいのである。
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