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それは飛蚊症かホンモノの蚊か? 殺人事件【ショートショート】#14

 翔平は何もない空中に目をちらちらとやと、手で何かを追い払う仕草をした。飛蚊症なのである。これがときどき本物の蚊に見える時がある。自分が飛蚊症であることが分かっていてもつい目を奪われ、利き手の左手で払う仕草をしてしまう。

 季節が夏になるといよいよ厄介で、天気のいい日中に蚊のいそうな屋外にいると、視野の中をうろついている黒いものが、本物の蚊なのか飛蚊症なのか見極めるためにどうしてもそっちに意識が奪われてしまう。

 耳を澄ますも、五十歳に差しかかる翔平の耳には、周波数の高いモスキート音を聞き取ることができず、否応なしに老いを感じづにはいられない。

 加齢とともに耳は周波数の高い音は聞こえなくなるし、目は飛蚊症にもなってしまった。自分だけは歳をとってもモスキート音は聞こえ続けるだろうという、なんだかよく分からない自信があったのに、現実はそんなに甘くないことをしっかりと教えられた。

 会社が休みの日、自室でパソコンを開きカタカタと持ち帰った仕事をしていた。白い画面を前にすると飛蚊症の黒い浮遊物が目にうるさい。ああ、うざい。飛蚊症だと分かっていたがつい、顔の前をうろつく黒い浮游物をパチンと手を叩いた。

「んん?」手に何かを感じる。

 そっとその手を開いて見ると潰れた蚊がいた。翔平は自分の目を疑った。そんなはずはない!明らかに蚊ではないと分かっていて、でも飛蚊症で見える黒い浮遊物が鬱陶しくイラついたのでパチンと叩いただけのはずなのに、掌の中には潰れた本物の蚊がいた。

 翔平はまじまじとその潰れた蚊を観察した。ヒトスジシマカである。それは黒に白色の縞模様のある昼に出没する蚊であった。血は吸われていなかった。

 翔平は部屋の安っぽい白い壁に目をやり、少し目を左右に動かし飛蚊症で見える黒い浮遊物を探した。それはいつもの位置にいつもの大きさであった。眼球を少し動かすとそれも少し動く。その黒い浮游物を見ながら、パチンと空中を叩いてみた。そして、恐る恐る合わせた手を開いた。そこにはまた潰れた蚊があった。

 勘のいい翔平は、もしやと思った。また白い壁を前にし目を左右に動かし、黒い浮遊物をパチンと叩いた。ゆっくりと掌を広げてみると、そこには潰れた田村課長があった。田村課長は会社の嫌味な上司で、これまでに何度も空想の中で殺していた。課長はゴルフ中だったのか、ゴルフウエアを着ていて、よく見ると手には三番アイアンを握っていた。

 言うまでもないが、休み明け田村課長は会社に来ていなかった。ゴルフ中にパチンという大きな音とともに姿を消したそうだ。今も警察は彼を探している。

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