見出し画像

沙耶乃は超能力 2/2【ショートショート#45の1】

2/2

「ただいまー」
 私は誰にも聞こえないような小さな声で言った。
「おかえりなさい。遅かったわね。ごはんすぐに食べられるし、お風呂もざっぷんできるわよ」
 キッチンから母の声が聞こえた。母はお風呂に入ることをざっぷんすると言う。
「ざっぷんする」
 私は玄関の鍵を閉め、裸になりながら言った。身につけていたものを洗濯機に放り込み、冷蔵庫に入れてあるペットボトルの水を二口ラッパ飲みし、ボイラーのスイッチを押し風呂に入った。

 風呂からあがり首にタオルをかけ、パンティと短パンだけを穿くとテーブルに置かれているローソンのチキン南蛮弁当に手を当てた。もう冷めていた。弁当を適当にかきこむと容器と割り箸を軽く水洗いし市指定の特大サイズのゴミ袋に捨てた。そしてスマホを手にした。
 スマホで無料マンガやユーチューブを見ているとき身体を動かすことがないので頭の中のおしゃべりが盛んになるけど、あとになって何をしゃべっていたのかを思い出そうとしてもいつも全く思い出すことができない。
 一〇時のアラームが鳴りつられて欠伸がでた。寝る時間だ。部屋の灯りを消した。この部屋は真っ暗にはならない。信号機のLEDの光がカーテンを貫通し部屋の壁紙を定期的に赤や緑や黄色に変える。

 毎日朝五時に起きる。部屋は緑色だった。私は寝ぼけふらつきながらも習慣にならって壁に手をつきカーテンを開け水だけで顔を洗うと、バッグから小説を取り出し布団の上にあぐらをかき昨日のつづきを読んだ。朝の一時間は本を読む時間だ。寝起きの頭は小説に染まりやすいから好きだった。

『これで御浄土へ行けるぞ』
『この女を昇天させてやる』
『生まれ変われるわ』
『ぐちゃッとしてぇ!』

「クチュクチュバーン」吉村萬壱」

 世界がズルッとズレる音がした。これが小説の効果だった。私は小説で自分をつくってきた。私は小説だった。そして、私は遅読だ。
 クチュクチュバーンにしおりを挟みバッグに入れた。食パンにケチャップをぬりヴィーガンチーズをのせトースターで五分間チンをした。ヴィーガンチーズはチーズのようにはとろけないし伸びないのが不満だ。食べ終わると歯磨き粉をつけずに歯を磨き、クチュクチュとうがいをし飲み込んだ。私は吐き出さないそういうタイプの人間だ。
 テーブルに伏せていた写真立てを起こすと、母に向かって「いってきます」と言ってまた伏せ、玄関のドアをガチャリと開ける。
「いってらっしゃーい!」
 キッチンから母の大きな声が聞こえてきた。

おしまい

いいなと思ったら応援しよう!