すべては移動しているだけ。そういう世界観で世界を見てみる。
車はオレを乗せ家からスーパーに移動し、お金はオレの財布からスーパーのレジの中に移動し、野菜はお店の棚から我が家の冷蔵庫に移動する。
野菜は畑からお店、我が家の冷蔵庫を経てオレの胃袋に移動し、トイレに流される。
水は太陽に温められて海から蒸発し雲になり移動し、山にぶつかり雨になり地上に移動し川になる。地表に移動した水は植物に吸収され実に移動し、それを動物が食べ腸で吸収され血管を流れ細胞に移動し、吐かれた息と共に水蒸気として体外へと移動し、風に乗り遠くへと移動する。
太陽のエネルギーは地球に移動し、海をあたため雲に移動し、植物の葉に吸収され実に移動し、それを食べる動物へと移動し、排泄された糞となり土に移動し、微生物の餌へと移動する。
知識や技術は人に話して伝えられ移動し、書物に書かれ時代や場所を移動する。
すべてはひたすら移動する。
このオレの体は移動中のエネルギーであり、有機物であり、原子・分子であり、素粒子である。
たった今この瞬間も移動している。新しい場所へと移動している。
死ぬまで、いや死んでも移動しつづけている。
しかしなぜ移動しているのだろうか?
そこに意味はなく移動しているから移動しているだけなんだろうけど、なぜ移動なんだろうか。
オレがただそういう世界観で見ているから、そうなっているだけなんだろうか。
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