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三日後死のうと思う【ショートショート#38】

「三日後、死のうと思う」
 公園の芝生に寝転んで富士子が言った。
「どうして三日後なん?」
 それを見下ろしている川上が、聞いた。
「大安吉日なのよ」
 富士子は、右手の爪を眺めながら眩しそうに言った。
「そっかあ。ふーん。へえー。そんなの意味ないのにい?」
 史郎はときどき甘ったらしい感じで語尾をしめる。
「どっちが? 大安吉日のこと? 死ぬこと?」
「どっちもだよ」
「そうね。大安吉日だからっていうのは嘘。いま時間を見たら三時だったから、さんつながりでそう決めたの。それと、生きることも死ぬことも意味ないから、たまたまいま、死ぬほうに私の欲求がふれたのかな。意味はないよ」
「そっかあ、そんなもんだよね。おもしろいなあ」
 富士子は、なにがおもしろいのかわからなかったが、「おもしろいね」と言った。

「川上は、自殺しようって考えたことないの?」
「考えはするけど……、たまに死にたいと思ったりもするけど、自殺はしないと思うな。なんとなくだけど」
「なんとなくって?」
 富士子は下から川上を見つめた。
「悲しむ人が少なからず数人はいるから。親とか彼女とか、それは僕の本意ではないんだよねえ」
「そんな意味のないことで?」
 富士子が言った。
「そう。そんな意味のないことで」川上はおうむ返しした。「人を悲しませたくないってのは、僕の欲求かなあ」
「欲求ねえ……。私が自死したら、川上は悲しい?」
 言葉に抑揚はなかったが、富士子の好奇心がにじみ出ていた。
「悲しいよ。しばらくはショックでなにも手につかないと思うよ。いま想像しただけで胸のあたりが落ち着かない」
「しばらくって、どれくらいなの?」
「そこ大事? 一年未満かなあ」
 川上は適当に応えたが、言ってみてそんなもんだなと思った。
「みじかっ!」富士子は突っ込んだが、「まあ、そんなものよね」と言った。
「死のうと思ったときに、川上のこと思い出したら、死なないかもね。でも、思い出さなかったら死んじゃうな、きっと」
「そればっかりは、自分ではどうしようもないね」
 川上はケラケラ笑いながら言った。
「自死って、積極的な行為だよね。準備から最後の後戻りできない瞬間まで自分でやらなきゃいけないし」
 川上は富士子の隣に座りながら、ぼそぼそ言った。
「そうね、スモールステップで少しずつ準備していくか、衝動でどかって一気に終わらせるか」富士子は上半身を起こし、「私は後者かな」と後ろに手をつきながら言った。
「三日後に死ぬって宣言しておきながら、死ぬときは衝動なんだあ」
「そうよ、いまは三日後なの。でも明日かもしれない」

 あの日から五年、富士子は今日も生きている。
「おはよう川上! 今日の朝食はなあに?」

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