バタフライエフェクトで世界を支配する【ショートショート#30】
八月九日六時四二分一三秒、一〇〇分の一秒のずれもなく、自分の左手の親指の爪を噛む。それだけで三日後、A社の株価は大急騰し私は大金持ちになった。
しかるべきタイミングで、海に向かってしかるべき石を投げると、某国の大統領がその直後、交通事故で死んだ。
私はバタフライエフェクトを使って、誰にも知られることなく世界を支配している。誰も、私に支配されていることに気がついていない。
私は平和的に世界を支配している。
「バタフライエフェクト」とは、「力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が、その後に大きな変化を与えてしまう」というカオス理論というちゃんとした科学の話だ。
ブラジルのジャングルで一匹の蝶の羽ばたきが、アメリカで竜巻を引き起こす……、っていう喩え話が有名だ。
なにか気に入らない出来事があると、私はすぐにバタフライエフェクトを使う。
殺人事件が起こると、犯人が捕まるための、おかしな法案が通りそうになると、それを阻止する為の小さなきっかけを作った。
それはおはじきを弾くだったり、木の葉を一枚引きちぎるだったり、それをするのとしないのとで、その後に変化が起こりそうもないことばかりだったが、小さな変化が、周りに小さな影響を与え、それがどんどんと伝播し、地球規模の大きな出来事を作ることもできる。
ある日、私が楽しみにしていたフェスが台風の影響で中止になりそうになったから、バタフライエフェクトを使うことにした。
それは部屋の窓を全部開け、顔の前で大きく柏手を二つ打つ、だった。
私はしかるべきタイミングでそれを行った。
変化が変化を作りだすバタフライエフェクト。
最初のきっかけと、最後の結果の間には無数の出来事が起こり、それらがさらにシナジー効果を生み出し、大事にいたる。
その途中になにが起こっているのかは、私の知る由もなかった。
柏手を二つ打ってから一時間後、私は急に胸に強い痛みを覚え、冷や汗が出、嘔吐した。心筋梗塞だ。
これはバタフライエフェクトの影響かもしれない。いま私をバタフライエフェクトが通過している。そう考えると、なんとも言えない幸福感が私を満たした。
いま私は、世界とつながれた気がした。
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