人間の声によく似た風【ショートショート#29】
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り向くも、誰もないくて、風が傍を吹き抜けただけだった。襟足にまとわりつく少し伸びた髪が、風に煽られて不快感とともに存在感を示す。
いいかげん髪をカットしたいと思い始めて、二ヶ月が経つ。べたつく皮ふに貼りつく髪が鬱陶しい。
また、誰かに呼ばれた気がして立ち止まる。しばらく耳をすまし辺りを観察する。
なんと声の主は風だった。風が物の隙間やへりを上手に使って空気を振るわせることで、音を立て声を出していた。ときには私のピアスのリングの中をすり抜け喋りかける。
「私になにか用?」
私は風に向かって聞いた。
風は「くすくす」とつむじ風で笑った。
「あなたの髪を通り抜けたとき、鬱陶しい髪だなあって思ったの」
風は悪気もなく、私が気にしていることを言った。
「君もそう思うのね。私もそう思う。髪型が鬱陶しくてカッコ悪いと思っているんだけど、美容院に行くのが面倒くさくて……」
風相手に、なぜか素直になれている自分におどろく。
「どんな髪型にしたいの?」
風は、木の枝を揺らして言った。木の枝を使った声は少し低く、聴き取りにくかった。
「それがないから困っているの」
「それなら、ボクが君の髪型をセットしてもいい?」
風は自分のことをボクと言った。性別はあるのか気になったけど、それ以上に風にセットしてもらうと、どんな髪型になるのかやってみたくて、
「やって、やって!セットして!」
と私は自分でも不思議なくらいはしゃいだ。
「オッケー! じゃあ行くよ! 1、2、3! びゅーーーーん!」
突然、熱風が吹き荒れ、髪は巻き上げられ、私はびっくりして目を閉じ顔を手で覆った。あまりの強風でよろめき尻もちをついた。風の熱で手は赤くなっていた。少しひりひりする。何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
私は恐る恐る立ち上がると、周りを見まわし耳を澄ました。風はもう吹いていなかった。さっきの突風でゴミや木の枝や、いろんなものがあたりに散乱していた。
その中に、なぜか手鏡もあった。風がそれで髪型を見てと言っているような気がした。そして私はその手鏡を手に取り、髪型を見た……。
髪の毛はちりちりで、爆発したようになっていた。いわゆるアフロヘアーになっていた。
「よく似合ってるぼよ」
と風が、私のアフロヘアーをぼよんぼよんと揺らして、言った。
アフロヘアーを使って喋ると、風は、語尾が「ぼよ」になるんだと思った。