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月曜日の腐った牛乳 その八 【短編小説】

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「やばい! いちばんありえるー!」
「私たちを子どもだって、いつもバカにしてるからねー。自作自演がばれないと思ってるんじゃない?」
「先生、オレたちにはあーしろ、こーしろと言うくせに、自分はぜんぜんできてねーことばかりだしな! 先生なら自作自演ありえる」
「ねー、ところで『登志子先生の自作自演説』って誰が考えついたの? 天才じゃない?」
「確かに天才! でも誰が言い出したんだろ?」
「え? 誰も知らないの?」
 不思議と、「登志子先生の自作自演説」を考えついた人が誰だか、誰も知らなかった。

「星太くんは先生の自作自演説についてどう思う? 私はないと思うなあ」
 結は、学校の図書館で借りてきた小説をぱらぱらと捲りながら聞いてきた。
「僕も先生じゃないと思うよ。だって『誰が、やったの!』って叫んでたときの先生の顔、演技じゃなかったもんね。地獄の本にあった赤鬼より怖かったよ」
 と僕は少しおどけてみせた。

 5時間目がはじまるチャイムが鳴った。登志子先生は両手に原稿用紙を持って教室に入ってきて、持っていた原稿用紙を教卓の上にどすんと置いた。そして、両手を教卓の上につき、僕たちを見下ろし見渡した。

「五時間目の国語の時間は作文です」
 教室がざわついたが、登志子先生は気にせずに話し続けた。
「先生の引き出しの中に牛乳をこぼした人は、なぜそんのことをしたのか、それと反省文を。そのほかのみんなは、今日どんなことを考えていたのか、もし自分がされたらどんな気持ちなのか……まあ、なんでもいいわ。いい、犯人が出てくるまで今日は帰れませんからね!」

「えー!それは困ります! 塾に遅れたらママに怒られます!」
「クラブ活動があるから、先生! 無理でーす!」
 教室から不平不満がこぼれたが、登志子先生は無視し原稿用紙を配り始めた。

「いい、今からの時間は、あなたたちにとってとても大切な時間よ! 五時間目が終わるまでに、しっかりと作文を書きなさい! 一枚じゃ足りない人は前に取りに来なさい」
 登志子先生は机には戻らず、ホワイトボードの前で仁王立ちしたまま僕たちを見張っていた。登志子先生はもっぱら吽業うんぎょうだった。

 僕の机の上には、四〇〇字詰め原稿用紙が一枚置かれている。握りこぶしを太ももの上に置き、原稿用紙をじっとにらみつけ座っている。1行目には「牛乳事件について」と書き、2行目に「星 星太」と名前を書いただけで、あとは一文字も書けていない。
 書かないと怪しまれるけど、なんて書いていいのかわからない。話しても伝わらない先生に、僕が言いたいことが文章で伝わるとは全く思えない。

最後につづく

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