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大人はみんな、とんちんかんだ!【ショートショート#26】
「なにがイヤで行きたくないのか、先生に教えて」
矢山先生は、やさしい声で、僕の首を、わたあめでしめるように、みんなの前でしつこく聞いてきた。
遠足に行きたくないと言っているのは、クラスに僕だけで、ほかのみんなは遠足を楽しみにしていた。それでも僕は勇気をふりしぼって、遠足に行きたくないとひとり手をあげた。
矢山先生は、そんな僕の勇気をたたえることはなくて、いかにもみんなの輪をくずす「困った子どもだ」というふうに思っているように、僕には思えた。
「なんで、みんなと違うだけで、僕だけその理由を説明しないといけないんですか?」
僕は、あまりのくやしさに少し興奮して、いつもなら言わないようなことを、震える声で、気づいたら言っていた。
「先生は、なにも律くんを責めているわけじゃないのよ」
矢山先生は一瞬、顔をひきつらせたけど、すぐにいつもの作り笑顔にもどって、ありきたりのことを言った。
この人は先生なのに、僕の質問に答えてくれていなかった。もしかしたら国語が苦手なのかもしれないと思って、もう一度質問した。
「なんでみんなと違うってだけで、僕だけその理由を説明しないといけないんですか? 遠足に行きたいと言ってるみんなには、なにも聞かないで」
僕はこれで理解してもらえると思っていたけど、矢山先生は違った。いや、大人はみんなそうなのかもしれない。
「どうしてそんな口答えをして、みんなを困らせるの! 先生は、律くんのことを考えて聞いてあげているのに!」
僕は矢山先生の言ってることが理解できなくて、息がつまった。
目の奥の、そのまた奥の方からは、恐怖と一緒に、くやしさが込み上げてきて、涙がでそうになった。たぶん僕の目は真っ赤だったと思う。
僕は口答えをしてないし、困っているのはみんなじゃなくて先生だし、先生は僕のことを考えてくれてもいないのに、どうして大人はみんな、こんなウソを平気でつくんだろう。
「律くん、遠足はクラスのみんなで決めたことなのよ。いい、みんなと仲良く行きましょうね。じゃあいい、みんな! 遠足の日に持ってくるものや、服装について説明するから、しっかり先生の話を聞くのよ!」
僕は心の中で叫んだ。「矢山先生は、とんちんかんだ!」
“とんちんかん”という言葉を漫画ではじめて知ったとき、おもしろい言葉だなあと思っていた。今日、僕ははじめて、“とんちんかん”ってこういうことなんだと、身をもって理解した。
矢山先生はとんちんかんだ。大人はみんなとんちんかんだ。
僕は遠足の日、学校をサボり、近くの団地の階段の一番上の踊り場で、ひとりお弁当を食べた。
僕はとんちんかんじゃない。