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叡智も知らない【ショートショート#20】

「入道雲が暑苦しいね」

 私はゆっくりと目を開けると、息を一度、ふっと、吐く。
 確かに目の前の窓から見える入道雲は、真っ白く光を反射しまぶしく、見ることを拒むほど暑苦しい。生ぬるい風が部屋を駆け抜けるが、そのぬるさが余計に世界を暑くする。

 私は、なにかを自分で決めたことはなかった。生まれた時からそんなことをした記憶はない。つねに内なる叡智が表出してきただけだった。
 しかし、内なる叡智に聞いてみると、自分は表出しているだけで、なにかを決めたことはないといっていた。

「叡智、お前も知らないのか……」

 ふと外を見ると、さっきあった入道雲は形を変え、そこにはもういなかった。内なる叡智も消えていた。私はその場で「んぐっ」っと伸びをした。
 内なる叡智は、私になにを伝えたかったのだろうか……。内なる叡智も、そんのこと知るはずもないかあ。

 私はその日から入道雲を見かけると、自然と足が止まる。おかげで今年は、いつもより日に焼けているように思う。

「入道雲が暑苦しいね」と、ひとりつぶやいた。

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