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猫のにゃー子【ショートショート#56】

 便座に座ると猫のにゃー子がかならずやってきた。足に擦り寄ってきた。私が逃げられないのをいいことにごろごろしてくれとせがんできた。
 私は仕方なく首や頭を指先でごろごろしてやる。お尻をぽんぽんと叩いてやると四肢を硬直させしっぽをピンと立てよろけては、また擦り寄ってきた。

 次は私の番だと、にゃー子を太ももの上に乗せて私のお腹をふみふみするように促した。にゃー子は素直に従った。私の下腹をうつろな目で黙々とふみふみしはじめる。ときどき爪がちくりと刺さって痛かったけどにゃー子はあきずにふみふみしつづけた。
 その効果なのか「バフッ!」とオナラが勢いよく出た。自分でもびっくりしたけどにゃー子はことさら驚き跳び退いた。そのさい下腹に小さな引っかき傷が三つできた。

 二日たったけどにゃー子からつけられた傷は治らなかった。というか三つの傷口から毛が生えてきた。にゃー子と同じ色と毛質だった。よーく見てみると爪らしきものもあった。さわってみるとちくりとした。爪はぴゅっと引っこんだ。

 一週間ご、引っかき傷には猫の毛は増え爪が伸びてきた。ひふの下に肉球らしいものまであらわれてきた。爪が服に引っかかるからばんそうこう貼ったけど、かぶれてかゆくなって困った。猫の手も嫌そうにしていた。

 二週間ご、ひふを突きやぶって三本指の猫の手が姿をあらわした。それはときどき私の意志とは無関係に動いた。私は肉球をさわったり毛をなでたりした。にゃー子に見せると鼻をひくひくさせてにおってきたけどそれ以上は興味を示さなかった。にゃー子は脱ぎ捨てられたTシャツの上で丸くなった。

 半年ご、猫の手はにゃー子と同じくらいの大きさにまで育った。指の数が違う以外はにゃー子と同じだった。猫の手はいつも私のお腹を抱えるようにして大人しくしていたけど、ときどきぐっとお腹から垂直に腕をつき出し三本指を大きく開き伸びをした。
 人々は肉球をさわらせてくれとやってきた。はじめのうちはさわらせていたけど、猫がいやがるように私も肉球をさわられることがすごくストレスになり断るようになった。

 一年ご、にゃー子は相変わらず私のお腹にある猫の手には興味を示さなかった。私が家から出るときにゃー子がすきをついて外に出てしまった。数メートル先で座りこちらを見た。私が近づくとすたすたと歩き一定の距離をキープした。そして突然にゃー子は道に飛び出した。

 にゃー子はバイクにひかれた。にゃー子はその場から動けずににゃーにゃー鳴いていた。バイクは走り去った。私はかけよった。抱え上げた。病院に連れて行った。
 いのちに別状はなかったけど両前足がぐちゃぐちゃになってしまった。切断しかなかった。そのとき私のお腹の三本指の猫の手がピンと伸びをした。先生はそれを見た。そして言った。

「移植して見ませんか?」

 にゃー子の前足は一本になった。にゃー子の前足は三本指になった。にゃー子はトータルで三本の足と一三本の指の猫になった。スピードは出ないけど走れるようになった。私のお腹の傷あとにはにゃー子と同じ毛が少し残っている。残すように先生にお願いしたから。それはにゃー子と同じタイミングで毛を逆立てた。

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