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あくびスイッチ【ショートショート#21】
朝六時の目覚ましがなった。私は上半身を起こし伸びとともにあくびをした。部屋の灯りがつく。まぶしい。
「今日一発目のあくびは中々いい出だしだなあ」
と心の中でつぶやく。
私には変わった能力がある。私があくびをすると何かのスイッチが入ってしまうのだ。そういう時のあくびは、決まって止めることができない。
また、あくびがで出る。朝はあくびが連発する。耳を澄まし、部屋を見わたす。洗面所から電動歯ブラシの動く音が聞こえてくる。私は立ち上がり、洗面所に行くとそのまま歯磨きをすることにした。
しかし、今日は流れが良すぎる。こういう時は、逆にとんでもないもののスイッチが入ることがある。用心しよう。
私の住んでいるアパートは角部屋だ。隣の部屋は大家さんの荷物置きになっている。私があくびをすると、ときどき隣の部屋の電気がついたり、ドライヤーが動き出したりして、幽霊が住んでいるといわれるようなり事故物件扱いになってしまった。
それで大家さんは泣く泣く荷物置き部屋にしたのだ。本当に申し訳なく思っている。私の部屋も安くすると言ってくれたが、私は幽霊とか平気ですと言って、丁寧に断った。
満員電車に揺られて会社に向かう。隣の女の香水が臭い。前の男の服からは強い芳香剤の匂いだ。息ができない。どうしてみんな、こんなに匂いをつけたがるのだろうかと理解できない。強烈な香害だ。
私の肺は匂いに汚染されながら、あと十五分も電車に乗っていないといけないと考えるとため息が漏れそうになるが、臭くて息ができないから、ため息すらつけない。せめてもの救いは、天井からの冷房の風が、十秒ごとに私の顔を撫でてくれることだ。
できるだけ匂いを吸わないように呼吸をしていると、頭がぼーっとしてきて酸欠のような状態になってきた。
生あくびが出る気配を感じる。私は口を真一文字に結びあくびが出るのを我慢しようとするが、やはり止めることができずに大きなあくびをした。
キキキキキーッ!! 電車の非常ブレーキのスイッチが入り、朝の満員電車が緊急停車をする。乗客たちが進行方向に向かって数歩よろめく。車内が騒然とする。車掌から緊急停止の原因を確認中という放送が流れた。
香水女と身体がピッタリとくっつき、熱気とともに香水の匂いが昇ってくる。また生あくびがでた。すると電車の暖房のスイッチが入り熱風が吹き出してくる。みんながびっくりし天井を見た。
またあくびが出る。あくびが止まらない。連発であくびが出る。あくびあくびあくびである!
今度のそのあくびたちは、イライラしている乗客たちの心のスイッチを入れた。車内がざわめき立つ。大声で何かを訴えている人、ドアをこじ開ける人、車内はパニックだ。電車の運転手のスイッチも入る。
「本電車の緊急停車した原因は以前わかっていませんが、夢に向かって電車を発進させることに致します!」
電車の運転手の声に、電車内から歓声が湧き起こる。
「これよりこの電車は、特急へと変わります。次の停車駅は『忘れられた夢』です!」
と車掌がシャウトする。
電車は加速しはじめ、開け放たれたドアから新鮮な空気が入ってくる。私はようやく呼吸をすることができた。