へばりつく【ショートショート#74】
ビルの壁にへばりついて三ヶ月が経った。ここは東京のとある高層ビルの三五階くらいだ。私は大の字になってビルに抱きつくような格好でベッタリとくっついている。雨の日も風の強い日も、照りつける太陽にも微動だにしなかった。
ビルの中の人たちは私と目が合うと、少し戸惑いながらも軽く会釈した。確かにビルの壁に人がへばりついていたら、挨拶するべきなのか、するとしたらどう挨拶をしたらいいのか私も戸惑うだろう。現に私もここからどう彼らに挨拶を返したらいいのかいまだにわからない。とりあえずぺこりと頭を下げている。
最近は首が固まってきて、顔を西に向けたまま動かなくなってきた。ここから見る夕焼けはとても綺麗だけど、たまには日の出も見たくなる。私は日の出を皮ふを通して熱で感じた。朝日の温かさでいつも目覚める。
先日、私の左隣に新たにひとり、ビルにへばりついた人が増えていた。朝、目が覚めたらその人がいた。彼は私の方を向いていた。彼は東を向いていた。彼の瞳に映る朝日に釘付けになった。彼は私の目に映る夕日を見るのだろうか。