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髙橋多聞 ロングインタビュー:『夢と消えた上京生活』その後に残ったものとは

北海道出身のオールジャンルオタクシンガーソングライター、髙橋多聞が2024年10月23日に新曲『夢と消えた上京生活』をリリースした。
前作『僕らの純情』のリリースからおよそ1年半もの期間が空いたこともあり、タイトルにただならぬ不穏さを感じた方も多いのではないだろうか。
本インタビューでは髙橋多聞の消えた夢、楽曲の意図、そしてこれから彼自身が向かう先について聞いた。本誌独占インタビューである。
(取材:村西竹刀)

※本記事は、幻音社発行『FauxHarmony 11月号』に掲載されたインタビュー記事を、ウェブ版として再編・掲載したものです。

東京に来れば変わると思っていたんです。平凡な「日常」が変わるんじゃないか。打破できるんじゃないか。でもそうじゃなかった。そこには東京の「日常」があった、それだけでした。


ーーお久しぶりです。この度は東京での生活、お疲れ様でした。いかがでしたか?2年間の東京生活は。いい思い出になりましたか?

髙橋:いやいや、何言ってるんですか?「お疲れ様でした」じゃないですよ。まだこれからも疲れ続けますよ。勝手に労わないでくださいよ。

ーーえ?北海道に帰るという話じゃなかったでしたっけ?地元でホタテの選別のバイトをされると資料にあったんですが……

髙橋:帰りませんって。まだ住んでますし、これからも住みますって。こないだ賃貸の契約更新料払ったばかりだし。ホタテの選別の話はどこから来たんだ?知り合いが月30万くらい稼いでて「いいバイトだな〜」と思った事はあるけど。

ーーすみません。確認したら「戸建ての新築」でした。家買ったんですか。それはすごい。東京に居着く気マンマンですね。

髙橋:それも違うしな。さっき「賃貸の契約更新料払った」って言ってるしな。話聞いてねえな、全然。

ーーすみません。よく見たら菊地亜美さんの資料を持って来ていました。

髙橋:資料の管理体制どうなってるんだよ。しかもそれ多分去年の資料だしな。

ーーさて、気を取り直して『夢と消えた上京生活』をリリースされたという事で、本日は色々と掘り下げてお聞きできればと思います。

髙橋:そうですね。僕も色々と説明が必要な曲だな、とは思ってましたのでありがたいです。

ーーまずは曲のテーマでしょうか。初めて曲名を拝見した時、率直に言うと「夢、消えたんかい」と思いました。一年半も間が空いて新曲が出たかと思ったら「夢、消えたんかい」と。

髙橋:もちろんその反応は想定していましたよ。かなり期間が空いたわけだし、多分みんな「あ〜……上京失敗したのかあ……」と思うだろうなって。ファンの皆さんにはご心配をおかけしたな、と……。

ーーえ?「護身パウダーをおかけした」?

髙橋:迷惑行為だろ。カプサイシン入ってるやつだよな絶対。ファンに何かけてるんだよ。セックス・ピストルズでもやんねえよ。

ーー話を戻しますが、という事は狙っていたという事ですか。「上京失敗と見せかけて……」という。

髙橋:確かにそれもありますが、この曲って「回収する」が裏テーマなんですよ。髙橋多聞のこれまでの活動を一旦棚卸ししよう、と。で、この『夢と消えた〇〇』ってトムとジェリー構文なんです。『夢と消えた100万ドル』とか『夢と消えたバカンス』とか。『トムとジェリー』の邦題で使われがちな言い回しで。

ーーなるほど、たしか髙橋さんって活動のかなり初期に『トムとジェリー』の解説をお書きになってましたよね。

髙橋:そう、まだ何者でもなかった時ですね。最初にインターネットで何かしてやろう、と思って初めたのが『トムとジェリー』の全話解説でして。それで名前が知られたらいいな、と思ったんです。まあ当然そんな簡単に上手くはいかず、挫折しちゃいましたけど。

ーーその後にインディーズデビューですか。

髙橋:そうです。それでトムジェリ解説は辞めちゃったんですけど、今でもそれでフォローしてくれる方がたまにいて申し訳ないんですよね……。それなので『夢と消えた』をタイトルに借用したわけです。これが第一の「回収」ですね。

ーーなるほど。まとめると『夢と消えた』という言葉がまずあって、それを使いたかった。そしてそれが活動の総括の一つである、と。

髙橋:ただ使っただけじゃなくて、東京に来て自分が感じた気持ちを表現するのに、これ以上最適な言葉がなかったという感覚もあります。東京に来れば変わると思っていたんです。平凡な「日常」が変わるんじゃないか。打破できるんじゃないか。でもそうじゃなかった。そこには東京の「日常」があった、それだけでした。

ーーなるほど。「何かが変わるかもしれない」。それが髙橋さんにとっての「夢」だったという事ですか。

髙橋:結局自分はどこに居たって自分であることに変わりはないですからね。いや、もちろん変わった事は沢山ありますよ。同じ目標を追う仲間も出来たし、親友と呼べるくらいの友達も出来た。世話を焼いてくれる恩人にも巡り会えたし、憧れ続けて来た人にも会えた。でもそれはあくまで僕が東京に来てから躍起になって、それなりに頑張ったからだと思うんですよ。「東京に来れば何かが良くなる!自動的に!」というのは幻想でしたね。だから普通に大変でしたよ。札幌にいたときよりも。

ーー何かが変わるかもという「幻想」が、何かを変えなきゃいけないという「現実」に変わった、と。そういう事ですか。

髙橋:そうです。死にたいくらいに憧れた花の都大東京に薄っぺらのボストンバッグを抱えてやって来たけど、気づけばケツの座りの悪い都会で憤りの酒をたらしている。そんな歌もありましたけど、本当にそう思いますよ。でもそこが本当のスタートラインなんだろうな、とも思います。僕は2年かけてようやくスタートラインに立てたのかなって思っています。

5年ぶりに飲酒も解禁したらしい


感動的でしたよ。すごく複雑なパズルが解けたような感覚でした。これまでずっと感覚で好きだったものが、ちゃんと理屈で好きだったんだなって。

ーーなるほど、ではテーマは「夢が消えてからが本当のスタートだ」と、そして裏テーマが「回収」という事ですね。続けてサウンド面もお聞きしていこうと思うんですが、これまたずいぶん大胆に舵を切りましたね。まさか「歌謡曲」で来るとは。これは何か意図がある?

髙橋:2022年ごろに「これからは俺のソウルミュージック『根暗ソウル』を作るぞ!」と息巻いていたんですが、その辺りからうっすら危機感があったんです。自分の作る曲に成長がないなあ、と。

ーー同じような曲ばかり作ってしまうという事ですか。作業工程がルーチン化している。

髙橋:まさにそうです。もちろん曲ごとに何かしら工夫はするように心がけてはいましたけど、僕は作詞作曲はもちろん編曲と演奏も全部自分でやってますから、どうしても手癖で作っちゃうんですよ。特にアレンジがそうなりがちで。意外性がないっていうのかな、作ってる側の僕からしてみれば全部同じ曲に聞こえる。それで、どんな曲を作っても楽しくなくなってしまったんです。それを打破したくて、せっかく東京にも来た事だし、やったことのないジャンルに挑戦してみよう、と。それで当時Silk Sonic(編集部注:2021年に結成されたブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによる音楽ユニット)を気に入ってすごく聴いてたのもあって、「これからはレトロソウルの時代だ」って思って。

ーーそれで『Drive』ですか。当時は髙橋さんと言えばバンドっぽいロックサウンドというイメージが強かったので驚いた記憶があります。

髙橋:もちろんロックは好きなんですが、必ずしもロックが作りたかったわけではなかったんですよ。元々ジェームズ・ブラウンとかとかアース・ウィンド・アンド・ファイアーとかビル・ウィザースとか、ファンク、ソウルミュージックも好きだったんで。ただ、そういう曲の作り方がわからなかったんです。元々ロックバンドをやってたので、ロックは作り方を身体で理解していたからなんとかなったんですが、ソウルは全然経験がなかったから……。

ーーその辺りは前回のインタビューでは詳しくお聞きしてなかったかと思うんですが、そんな状況でどうやって制作されたんですか?

髙橋:猛勉強ですよ。ひたすら聴くんです。Spotifyのレトロソウルを集めたプレイリストを何度も聴いて。そしたら大体傾向が見えてくるんですよね。なるほどベースはこういうノリなのか、ドラムはこういうパターンが多いのか、楽器はこれとこれを使ってるのか……みたいに。それでひたすらインプットする。そしたら次はそれを頭の中で演奏しながら聴いていくんです。まずはベース、次はエレピ、次はトランペット、みたいにひとパートずつ。実際には演奏できないんで、パターンとメロディを頭の中で再現する感じです。僕の持論で、「理解できれば演奏出来る」って言うのがあって。例えばドラムなら「ここで右手でロータムを8分で刻みながら、左手はスネアは3と7、16分でゴーストノートを加えて、バスドラは1、3、5、7」みたいな風に理解できれば、あとは身体がついてくる。それが出来たら今度はPCでそれを打ち込んでみる。それである程度「ぽいな!」ってなったらそれでOKです。

ーーなんというか妙な学習方ですね……。ちょっと話が逸れてしまったので修正しますが、でも今回はソウルでもないですよね。そこに至った経緯は?

髙橋:うーん……。結局自分には難しいかなって思っちゃったんですよ。その方向性で何曲か作ってみて、でもなんというかしっくりこないな〜っていう状況になってしまって。それはもう僕自身の技術の問題で、グルーヴ感が全然出ないんです。それでブランドン・ミークスとルシアーノ・レアエスという海外のプロミュージシャンに依頼して制作を手伝ってもらったんですよ。結果、素晴らしい曲は出来たんですが、逆に「本物の技術」を間近に見たことで結構"くらって"しまいまして……。それで余計に悩んでいるうちに今度は体調を崩して何も出来ない状態になっちゃったりして……そんなこんなしているうちに、自分の中の「ソウル作るぞ」ブームが終わってしまった。(笑)

ーー自分がいかに未熟だったかということに気づいてしまった。それでまた迷い込んでしまった、という。

髙橋:うん、でもおかげで曲作りの幅は広がったと思いますよ。だからやってよかったとは思ってます。海外のミュージシャンとの協業は今後もまたやりたいですし。でもそんな感じで前に進めない期間がずっとあって……。その間は何をしていたかというと……。

ーーYouTubeでゴジラの玩具の開封動画を上げてましたよね?

髙橋:そうなんですよ。(一同笑)「マイナスワン旋風」も追い風になって、音楽の動画を上げてる時よりチャンネル登録者は増えましたね。それで動画づくりに一生懸命になっちゃって。(笑)それも結局は前述した体調不良でストップしちゃいましたけどね。

ーーここまでお話を聞いた感じでは、なぜ歌謡曲にたどり着いたかが今の所全く見えないんですが……

髙橋:ここからなんですよ。少しずつ元気になっていって、『Drive』の時から構想していたアルバム制作に戻ろう、ちゃんとやり直そう、と思うようになったんです。元々、今度作るアルバムはコンセプトアルバムにしようと思っていて。「30歳を過ぎてから夢のために一念発起して北海道から上京した人間の顛末」を描くアルバムを作ろうと。

ーーそれは髙橋さんご自身の経験をもとに、という事ですか?

髙橋:もちろんそうなんですが、主人公は僕自身では無いです。あくまで「同じような境遇の人」です。そこは以前リリースしたEP『Tamon's』の構想を引き継いでいて、「髙橋多聞と同じような経験をしたり、感情を抱いている人はきっと僕だけじゃ無い。そんな同志たち、すなわち『Tamons』に捧げる」というのが骨子になっているので、主人公は「僕によく似たどこかの誰か」ですね。

ーーでは『Tamon's』の続編でもあり、東京生活の総括でもあるような作品を作ろう、と。

髙橋:いったん総括して、そこからまた前に進もう、と思ったんです。で、えーと、歌謡曲の話でしたよね……。まあ、そういったテーマのアルバムである以上は『東京』的なタイトルの曲は必要だろうと。でもそんな曲は世間に山ほどあるわけです。くるりの『東京』とか吉澤嘉代子さんの『東京絶景』とか、個人的にすごく好きなんですが、同じ路線では戦えないよなって最初から思っていて。それでテーマ選びに難航していたんですよ。ずーっと「東京」という名の付く名曲について考えていて。そしてたどりついたのが井上陽水さんの『Tokyo』です。『少年時代』と同じ『ハンサムボーイ』というアルバムに収録されてる曲なんですが、ジャズ歌謡曲的アプローチで東京の街のキラキラした面を順番に紹介していくような曲なんですね。これだ!と。閃いた瞬間、脳内に電流が走りましたね。「全て繋がった!」と思って。

ーー全て、と言うのは?

髙橋:僕、ゲームの『サクラ大戦』が昔から大好きで、僕にとって東京といえば『ゴジラ』と『サクラ大戦』なんですよ。

ーーああ、以前聞いた覚えがあります。髙橋さんの『サクラ大戦』に対する並々ならぬ愛。確かそんな記事も書かれてましたよね?

『バ美肉歌劇団』ですね。実はこれが第二の「回収」なんですが、それは一旦置いといて。『サクラ大戦』って太正時代(編集部注:パラレルワールドの大正時代)の帝都・東京が舞台の作品で、戦前の活気あふれる東京の風景が描かれている作品なんですよ。僕は祖母が浅草出身なのもあって、戦前の東京の話っていうのは昔話でよく聞かされていたんですね。そんな思い出とリンクして、大好きな作品なんです。話は前後するんですが、実は……あんまり言ってなかったんですが、僕って本当に人に恵まれているというか……偶然の積み重ねで、『サクラ大戦』の関係者の方と直接ご挨拶させていただく機会が上京してから何度かありまして……。

ーー初耳です。そんな大きなことなのに……なんで言わなかったんですか?

髙橋:それは、まあ、自分の心の中だけに留めておきたくてですね……。

ーーなんだよ!いい思いしてるんじゃん。ムカつくな。

髙橋:インタビュアーが取材対象に「ムカつく」とか言ったら駄目だろ。

ーーまあいいよ。はいはい。どうぞ。

髙橋:(この世に蔓延る「卑しさ」のすべてを大鍋に集めて煮詰めたものを塗ったくったような下卑た笑顔でヘラヘラしながら)そういうわけで、上京してからずーっと『サクラ大戦』愛が爆発してるんですよ……ってちょっと待ってください。なんかとんでもない悪口書こうとしてません?今すごく嫌な予感がしたんですが。

ーー気のせいですよ。続けてください。

髙橋:(劣悪な環境の豚舎でもっとも醜い雄豚の悪臭漂う吐息の混ざった「ブギィィィィ」という地獄の底から聞こえてくるような鳴き声とまったく同じ響きを持った汚らしい声で)僕、大学生の頃にまともに曲を作り始めた時に一番最初に作ろうとしたのがOVA『サクラ大戦〜桜花絢爛』のEDテーマ『わたしの青空』みたいな曲だったんです。グレン・ミラー風のスウィングジャズ調の歌謡曲なんですけど、まあ当然ド素人でなんの音楽的教育も受けていない僕には無理でほどなくして挫折したんですが、「いつか『サクラ大戦』みたいな曲を作りたいぞ!」っていう野望だけはずっと残っていて。それが例の『バ美肉歌劇団』に繋がってるんですけど。

ーーふうん。それが井上陽水の『Tokyo』とどう繋がるんですか?

髙橋:この曲、なんとなく雰囲気が似てるんですよ。『サクラ大戦』の『花咲く乙女』と言う曲に。それで「ここに俺の東京ソングのカギが潜んでいる気がするぞ……」と思ったんですよね。

ーーなるほど。ようやく話が見えてきました。カギ探しは成功したんですか?

髙橋:それはもちろん……フフフ。

ーーチッ、もったいぶってねーでサッサと喋れよ!!!!(お、自信満々な笑顔ですね!)

髙橋:心の声と逆になってますよ。まあ、そこからはいつもの耳コピ分析開始です。その結果「シャンソン風の優美なメロディ」と「ボンゴ等を使用したラテン風のリズムパターン」、「ホーンセクションとストリングスによるビッグバンド風のアレンジ」という共通点が見つかりまして。これは大発見でした。その共通項から似た曲をいくつか探し出したんです。例えば李香蘭の『夜來香』とかですね。そして何とクイーンの曲にもあったんですよ、それが。

ーー髙橋さんといえばかなりのクイーンマニアですが、それは新発見だったんですね?

髙橋:そうなんですよ。『Who needs you』と言う曲なんですが、ラテン風の軽快な曲調にホーンセクションが絡み合うような楽曲で。もっともクイーンの場合はホーンセクションがブライアン・メイによる「ギターオーケストレーション」(編集部注:ギターの多重録音によるオーケストラ風の編曲技法)に置き換わってますが。それで思ったんですよ。「これなら出来るかもしれない……」って。なぜならブライアン風のギターオーケストレーションは以前『Susie Stay her Room 'cause she got Ill』と言う曲で挑戦したことがありましたからね。

ーーなるほど。そもそも歌謡曲というもの自体、シャンソンやラテン、ジャズやブルースなど多国籍なサウンドに日本的な音階や節回しなどが加わったミクスチャー音楽ですからね。そしてクイーンもジャンルにとらわれず様々な音楽に挑戦してきたバンドですから。ルーツを探っていった結果、そこに糸口が見つかったと。

髙橋:そうなんです。感動的でしたよ。すごく複雑なパズルが解けたような感覚でした。これまでずっと感覚で好きだったものが、ちゃんと理屈で好きだったんだなって。全部繋がってるんですよね。人生って。

牛を食う豚


故郷を離れたことによって、故郷に対する思いに気づく。室生犀星の「小景異情」ほど複雑な感情ではないですけど、やっぱりそういうものは自分の中にもあるんだなあ、と。

ーーそこから制作が始まったわけですか。そこからは順調という感じで?

髙橋:いや、全く。(笑)糸口が見えたとは言っても、そびえ立つ崖の最初に手をかける場所を見つけたくらいな感じで、登るのはこれからですからね。本当の戦いはここから、という感じでしたよ。まずは弾き語りでコード進行とメロディ、それから全体の構成をざっくり作る。並行して歌詞を書きながら、メロディと構成を調整していくという作業を始めました。ここまでは案外すんなりいって、歌詞も意外とサラサラかけたんです。正直メロディに関していえばは「どこかで聞いたことのあるような懐かしいフレーズ」のツギハギみたいな感じがありますからね。まあこの曲は様式美というか、オマージュ・パロディの要素が強いですから、それでもいいのかなと。多少わざとらしいくらいが。

ーー歌詞のお話が出たのでそちらについても聞いていきたいんですが、今作の歌詞は「東京あるある」を列挙していく、みたいなユニークなスタイルですよね。その辺りはどこから着想を受けたんでしょうか?

髙橋:戦前に流行した『東京行進曲』とか『東京節』みたいな東京の風景を歌っていくスタイルの歌謡曲の影響は大きかったですね。あれを地方出身者の目線でやったら面白いんじゃないかと思って。それで東京に来て僕が実際に感じたり経験したことを歌詞にしたわけです。『有楽町』『銀座』みたいないかにも歌謡曲然としたワードを散りばめたりしながらね。だから、なんていうのかな……歌謡曲に対して敬意を払いつつ、しかしアンチテーゼでもあり、どこかそういったお約束に水を差す要素というか……。東京で繰り広げられるオシャレな恋だとか、都会讃美だとかを描くのではなく、「東京ってなんか聴いてたのと違うんだけど、どういう事ですか!?」みたいな経験を書いていきました。

ーーそれこそ「夢」が「現実」に変わる瞬間ということですかね。「思ってたより、東京不便だぞ」とか「聴いていたより普通だぞ」みたいな。

髙橋:そうですね。最初はそんな感じでちょっと斜に構えながら書いていたんですが、最初のデモを作ったあと、友人に聞いてもらったんですよ。どう思う?って。そしたら「面白いけど、なんか広がりがないね」って言われてしまって。それで慌ててギターソロの前にCメロを足したんです。(編集部注:「ああ 秋葉原も」から始まるパート)それで、歌詞はどうしようかな~と思いながら適当に口ずさんだ言葉が、故郷を懐かしむような言葉で。

ーー「いつまでも続くと思ってた日々よ」の部分ですね。東京に来て色々な街に行ったけれど、結局頭に浮かぶのは幼い頃に駆け回った砂利道の風景だった、という事ですか。

髙橋:そうです。このパートが加わることで楽曲のストーリー性が深まった感覚がありました。後半のフレーズ「それでもわたし ここで生きていく」という部分が際立ったなあって。故郷を離れたことによって、故郷に対する思いに気づく。室生犀星の「小景異情」ほど複雑な感情ではないですけど、やっぱりそういうものは自分の中にもあるんだなあ、と。

ーー確かに、聴き終わった後に一つの舞台を見終えたような満足感が残るな、という感覚がありました。

髙橋:ありがとうございます。もしかしたら美輪(明宏)さんの曲の影響もあるかもしれないですね、ストーリー性が強いという意味では。美輪さんの曲も最近ずっと研究してるんです。自分の一部にしたいなと思って。

ーーそうして歌詞とメロディ、そして構成が出来上がっていったわけですが、その先も難航した?

髙橋:ええ、相当。今回は『サクラ大戦』愛を感じさせるようにしたい!という気持ちが最初からあったので、アレンジもそうしたかった。そしてオーケストラはギター一本でやると。そこまでは決まったんですが、フレージングとハーモニーの事は全く考えてなかった。(笑)それが一番の問題でしたね。ジャズっぽいフレージング、舞台っぽいコーラスのハーモニー。そんなもの、どちらも作った事がなかったですからね。

ーー壁を越えたらまた次の壁、みたいな状況ですね。それはどのように対処されたんですか?前回は外部のミュージシャンと協業されたという事でしたが……

髙橋:今回は、勘です。

ーー勘……吉?

髙橋:なんでそうなるんだよ。「失った記憶を取り戻した擬宝珠夏春都」かよ。ちゃんと説明すると、今回は全部自分でやりたかったんです。本当にマニアックな曲だから、誰かに手伝ってもらおうとしてもコンセプトを共有できないだろうと思って。だから、全部勘です。僕、残念ながら音楽理論がまったくわからないので、完全に勘でつくりました。ワンフレーズ毎に「この響きは気持ちいい」とか「気持ちはいいけどそれっぽくない」とか、思いついたものを手当たり次第に試していったんです。だからもしかしたら理論で音楽を理解してる人にはデタラメをやってるように聞こえちゃうんじゃないかってすごく心配してて。でもある程度形になった状態で友達のミュージシャンに聞いてもらったら「コーラスを聴いてたらなんか涙が出てきた」って言ってくれて……。もう「よっしゃあー!!!!」と思いました。

ーー(手刀を振り下ろして)斬!!

髙橋:うわ痛っ!!なにをする!!??

ーーいや、『よっしゃあ漢唄』ですよね?

髙橋:そんな訳ないだろ。100歩譲って「そーれそれそれそーれそ!」って僕が言ってたら「なら仕方ないか〜」って思うけど。いや、思わ……。

ーー(手刀を振り下ろして)斬!!!!

髙橋:痛っ!いや、今の「そーれそ!」は合図じゃなくて、例えの「そーれそ」で……痛っ!!やめっ……。

ーーハハハ!!!!

髙橋:怖っ。

ーーでは、続きをどうぞ。

髙橋:まあ、そういうわけで勘ではあるんですが、デタラメには聞こえないようにできる限りの努力はしました。実はアレンジにはひとつだけ「誰も気づいてないだろうな」っていう仕掛けがあって。

ーー仕掛け、ですか?

髙橋:この曲、2番から『サクラ大戦』風のコーラスが入る構成になってるんです。まずはメインボーカルに掛け合いで輪唱のようなコーラスが入って、サビで合唱になるんですが、これは僕が『サクラ大戦』のキャラクターの歌い方をモノマネしてるのを帝国歌劇団の人数分録ったものなんです。

ーーえ!?さくら、すみれ、アイリス、紅蘭、カンナ、マリア、織姫、レニのモノマネですか!?

髙橋:やけに詳しいな。

ーーいや、『サクラ大戦』は無印から全てプレイしてるので……

髙橋:ならもっと早く反応するべきタイミングがあっただろ。

ーーまあ、こちらもプロですので。私情はなるべく挟まないよう心がけてますから。

髙橋:インタビュー中に「斬!」してくる奴のセリフじゃないよ。まあ、2から加わった織姫とレニはやってないんですが、代わりにあやめさんをやってます。これ、『バ美肉歌劇団』で僕がやったメンバーと同じなんですよ。あの時よりモノマネの技術と音声の加工技術が上がってるので、より自然に仕上がってると思います。これ、さっきも言った通り第二の「回収」なんですが……この「帝劇パート」が始まるきっかけが「ここが銀座なのか それとも有楽町か」という歌詞なんですが、ここにポイントがありまして。

ーー銀座と有楽町と日比谷の境界線って地方出身者には分かりづらいよね、という「あるある」だけではなく。

髙橋:そう。表向きはそういう歌詞です。でも実は裏の意味があって……。『サクラ大戦』の舞台である大帝国劇場って銀座にあるんですよ。しかし、現実では名前のモデルになった帝国劇場があるのは……。

ーー有楽町だ。

髙橋:そう。実はダブルミーニングになってて、これをトリガーに「帝劇パート」に入るんです。これ、自分でも上手くできたなって思ってるんですけど、それだけじゃなくって。その次のバース「浅草から上野へ」はどちらも『サクラ大戦』では重要な意味を持つ土地ですよね。そしてサビも「桜の花が」で始まります。最後の「田舎者ですね」というフレーズなんですが、『サクラ大戦』第二話で神崎すみれが大失敗した真宮寺さくらを「これだから田舎者は……」と罵るシーンがありまして、そのイメージが反映されており……。

ーーうわ〜……。すごいですね。

髙橋:引いてる人の反応だな。

ーーそのほかにアレンジで注目してもらいたいポイントはありますか?

高橋:ギターオーケストレーションはブライアン・メイの音色を出来る限り再現してます。フレーズや奏法も「彼らしさ」を意識して組み立てました。コード進行やリズムは基本繰り返しですが、その中でもなるべく変化を感じるような工夫をしています。Cメロの「ウォール・オブ・サウンド」的なアレンジはその一つです。また、最後の4小節だけテンポを若干早くして、フィナーレ感を演出しています。この曲を聴いてくれた人が自分の上京生活と重ねて、少しでもポジティブな気持ちになってくれたら嬉しいですね。もちろんこれから上京する人にも何かの参考になればと思います。では、本日はありがとうございました。


毎度の事ながら、1の質問に対して10の回答をしてくれた髙橋多聞。この曲に思い入れがあるのは結構なことだが、こういう調子でダラダラとマイペースに語るのは自分の配信でやって頂きたい。こちらは仕事でやっているわけだし、制約も締切もある仕事である。ということで彼には申し訳ないが、後半は要点だけをまとめさせていただいた。
とはいえ新曲『夢と消えた上京生活』が髙橋多聞にとって特別な思い入れのある一曲であることは間違い無いだろう。

また、最後にこのインタビューがすべて髙橋多聞の脳内で行われた存在しないインタビューであることも付け加えておこう。

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髙橋多聞
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