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向井秀徳以上に鋭く尖った人間を俺は知らない。

2008年。
夏の石狩に、俺は居た。

花の大学生活を夢に見て、進学してから一年と数か月。
彼女の一人も出来ぬまま、また夏が終わろうとしていた。


RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO 2008。


大学入学。大学デビュー。そして失敗。

初めての思春期的挫折を味わったばかりの俺は、飲めるようになったばかりの梅酒のロックを片手に、夏の終わりの一瞬のお祭り騒ぎの喧騒の中を、ひとり背中を丸めて歩いていた。


直前のSUN STAGEでの椎名林檎の圧倒的なパフォーマンス。その存在感と色香の余韻に浸りながら、梅酒を一口。
何となくテントには戻る気がしなかった。
人混みの中、世界に自分しかいないような錯覚を覚えた。


音がした。

いや、音はしていた。あそこは音に溢れていた。
しかし、はっきりと、その場に溢れている音とは明らかに別種の音がしたのだ。

酒の力を借り、すっかり陶酔と自己満足の世界にいた俺は、その音で現実の世界に引き戻された。


自然と足が、その音のする方向へと向かっていった。
光に集まる羽虫のようにふらふらと歩く。その足の向かう先には、SUN STAGEがあった。

夜の10時のSUN STAGE。
正直言って、客足はまばらだった。

しかし、そのステージの上の光景に俺は我が目を疑った。


大きなステージの真ん中に、一つの塊が在った。
刃物の切っ先のように鋭く尖った音を発する塊が在った。

その塊が四人の楽器を手にした男だということに俺の脳が気づくまでの間、少し時間が掛かった。

そしてその僅かな時間のうちに、俺はすっかりその音の虜になっていた。


男たちの名前はZAZEN BOYS。
法被を着たレッド・ツェッペリン。


中央の男が合図をすると、全員がぴったりと呼吸を合わせて、今まで聴いたことのないような音の塊を発する。

中央の男。向井秀徳。

眼鏡。丸顔。中肉中背。

ロックンロールとは程遠い容姿のその男が操る音は、今まで聴いたどの音楽よりも鋭く尖ったロックンロールだった。


男が叫ぶ。
「本能寺で待ってる」。

全く意味が分からなかった。

だが、理解できた。
男が発する意思は充分過ぎるくらい理解できた。

わびしさ。せつなさ。愚かさ。はかなさ。
人の世の諸行無常。

思春期の入り口と出口の両方に突っ立っていた俺にはその意思にたまらなく心を揺さぶられた。


なんなんだ、この男は。
なんなんだ、この音楽は。


いつの間にかに、右手に持った梅酒のコップは空になっていた。


演奏が終わり、男が叫ぶ。


「乾杯!」


気づくと俺は、空っぽのプラコップを目いっぱい宙に掲げていた。


日常に戻った俺は、ひとり自室に籠り、夢中でギターを弾き、そして独り言ちた。

「本能寺で待ってる」。


薄暗い部屋の中、PCのバックライトだけが光を発していた。
画面の向こうの鋭く尖った男がニヤリと笑った気がした。


夏の終わりの出来事だった。

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髙橋多聞
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