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乳がんサバイバー 第21話 骨の痛みと変化を受け入れる。


 手術した側の左胸の骨の部分が痛み出した。

乳がんの転移で一番多いのは骨転移だそうだ。どきりとした。抗ガン治療中なのに、そんなことあるのだろうか? 腫瘍科の医者に話を聞きに行く。念のためにボーンスキャンというものをすることになったが、骨転移ではなかった。手術後に神経が痛んでいるそうで、よくある症状だそうだ。何年も痛みが残るらしい。

17年後の現在もまだ痛むことがある。神経がずたずたになっているのだと思う。今でも時々骨の近くがきりきりと痛み、切り傷も天候などによって痛む。時代物のドラマなどで浪人が「こんな寒い日は刀の切り傷が痛む」というセリフがあるが、こんな感じなのかと思った。

この頃は何か異常なのではと心配だった。情報も今より少なく、乳がんの骨転移ばかりが目に入ってきた。

胸の痛みはあったが、タキソールという抗がん剤は足の痛みだけで、味も戻ってきた。それが飛び上がるほどうれしかった。ただ、足は眠れないほど痛むときもあった。あとの副作用は腹痛、胸やけなどやはり内蔵関係だ。 

 

 やっと普通の夢を見た。カラフルだったが怖くもなく気持ち悪くもなく普通の夢だった。 ずっと悪夢だったので、嬉しかった。自分の中に希望が生まれてきたからだろうか?

希望はとても大事なことだと思う。 生きる力が変わってくる。

最初の苦しい抗がん剤が終わってからは、普通のことができるようになり、息子とも毎日ゲームなどして遊んでいる。少し元気になったママと遊べるからか、息子も泣くことが少なくなってきた。

見かけはまだひどいが、普通のことが普通にできる。このことで希望が生まれてきた。私が泣く日も少なくなってきた。

ハワイに来てもうすぐ5か月になる。 ずっと手術と抗がん剤の治療だった。あっという間に人生が変わった。 

――容姿も変わったし、性格も変わった。

自分がこれほど弱いとは思わなかった。そしてそれを認めて生きるのは、それほど悪いことではないなと思った。

* * *

 7回目の抗がん剤をする。

今回の抗がん剤は副作用は前よりも楽だけど、飲む薬が増えた。前日に飲まなければいけない薬を飲み忘れて、抗がん剤を受けられないことがあった。血液検査も頻繁にある。注射を何本も刺されて針山の気分だ。 手術をして以来、右腕にしか針を刺せないので右腕は穴だらけだ。

今回の抗がん剤は普通の生活が可能なので、買い物にもよく出かけていた。時々帰ってから涙が止まらない時があった。健康な人であふれている街に出ると自分だけが病気なような気がする。

顔はむくんでどす黒い。かつらをかぶり、胸を隠すためのシャツを着ていて暑い。体重も増えたのでショーウインドウに映った自分の姿を見てぎょっとすることもあった。シャワーの時はどうしても現実と直面する。 かつらを取り、服を脱いで胸を見る。鏡の中の顔は黒いというか、くすんだ灰色で膨れている。眉毛もまつげもない顔は年齢も性別さえもわからない感じだ。

みじめで悲しくなリ、時々鏡の前でワッと泣いた。

ある日「ママ変わったよね」と思わず息子に言ってしまった。

「変わってないよ。同じハートの同じママだから」と言ってくれて涙が出た。私が昔言ったことを覚えていてくれた。

抗ガン剤をする病室が変わっていた。大きな病院で少し迷った。新しくできた病室だ。ここには子供が入れない。

この時にカウンセラーが親のがんの説明などをしてくれたのだが、これが良くなかったような気がする。やはりあまり現実を突きつけるのではなく、オブラートに包んで話したほうがいいのかもしれない。

アメリカは昔からがんを患者に告知していたそうだ。どんなに末期でも告知する。それから子供にもきちんと説明する。

それも良し悪しではないかと思う。特に小さい子供には辛いことだろう。本当のことだとしても。この頃はどうすれば子供の不安を取り除いてあげられるかと、そればかり考えていた。最近やっと前向きに考えられるようになった。足が痛く引きずっているが、生活のほとんどのことができる。

癌に打ち勝ちたい。

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