乳がんサバイバー 第24話 ひどい火傷と幻肢痛 旅の途中の勇者
放射線治療は途中まで、同じことの繰り返しだった。受付で名前を言い、着替えて放射線室へ。寝たまま左腕を伸ばして白い大きな機械を通る。
20回を超える頃から副作用も強くなってきた。だるさと腹痛だ。それから肌もどんどん焼けてきた。手術の痕を中心に四角く黒くなってくる。
「いい感じにトーストになってるわ~」とドクターSは笑う。
「ちょっと痛くなってきました」
「うん、やけどと同じだからね。塗り薬だすわ」
このドクターとのアポイントメントは楽しみだった。毎回夫と笑いながら部屋を出ていけた。どれだけ助けられたかわからない。息子とも話を合わせてくれ、いつも楽しそうに話をしていた。息子も、
「この本すごくおもしろいよ、貸してあげるね」と言ってる。ドクターも
「わあ、うれしい! ねえナルニアって知ってる?」
「ダッドが読んでくれてたことある! 好き!」
「私もすごく好きなの。お礼にビデオあげるよ、古いのだけどね」と棚から出して渡してる。
ドクターSの大きい暖かいハートは皆の傷を癒していった。
この頃ようやくハゲ頭から坊主頭になってきた。 まだ1センチも生えていない。 まつげはだいぶ生えてきた。ビューラーでつかめるくらいに。
眉毛も短いけれどくっきり太くウイッグを取ると、いなせなおっさんだ。
引っ越しをしてからネットの買い物もできる。日本の本も買うことができる。今まではBoxのアドレスしかなくて買うことが出来なかったのだ。本物の自分の住所が手に入った。
それから息子と毎日ドラクエをした。 ひらがなをだいぶ覚えてきた。
(やくそう)とか(たいまつ)とかあまり役には立たない単語だけど、日本語に興味を持ってくれて嬉しい。昔やったことがあるので、ボスの倒し方など知っているので
「わ~!!ママすごいね!」と尊敬される。ゲームで遊んだことが役に立つ日が来るなんて。人生なんでも経験だなと思った。
一緒にゲームをしながら、いろいろな話をゲームと絡めてした。
「負けそうになったら逃げたっていいんだよ、またやり直せばいいよ」
「雑魚を気にしないで、大ボスだけを倒せばいいよ」
「皆、勇者だよ。冒険の途中の勇者なんだ」
一緒に楽しみ、たくさん話しをしてお互いの気持が楽になっていったように思う。
放射線27回目からドクターがマークをあちこちにつけ始めた。 広範囲に当てるのではなく、これからはピンポイントで当てるそうだ。傷口を中心に強めに当てる。
放射線の方は副作用も穏やかだったので、買い物にもいけるし料理も毎日作っていた。家事ができるのが嬉しかった。
ただ、後半になると脇の下まで赤くなって皮が剥けてきて痛くなってきた。
* * *
10月になっていた。
長い長い放射線治療33回がやっと終わる。最後の日にスタッフの寄せ書きやチョコレートの入ったバッグを風船をもらった。3大治療が終わり言葉にならないほどの嬉しさだった。
7ヶ月の治療は長かった。 手術は精神的にも肉体的にも辛かった。抗癌剤は一番きつかったと思う。次々に襲いかかる副作用との戦いの日々だった。
手術の後には幻肢痛も経験した。幻肢痛とは例えば手術で足を切断して、ないはずの足が痛むという現象だ。
ないはずの胸が痛い、痒い。そしてなんと母乳が出ている気がするのだ。それは気のせいという感じではなく、本物の感覚だった。もう絶対にできないことを胸が恋しがっているようだった。止めようとして胸のあった場所を探る。確かに胸がそこにあるのに、ない。確かに母乳が出ているのに、なにもない。
これは精神的にあまりにも辛かった。
放射線治療も放射線をかけたところが爛れてしまい、皮がむけている。 まさにやけど状態でズキズキ、ヒリヒリして痛くて眠れない。
ケロイドになっているところもある。夜は軟膏を塗って大きいガーゼを当てる。そうしないとパジャマに血や皮膚がついてしまうのだった。くっついてしまった布を取る時は声が出るほど激痛だ。
これはかなり長い間続いた。
傷はいつかは治る。痛みはいつか収まる。と自分に言い聞かせていた。
この放射線最後の日に腫瘍科の医者Bのアポイントメントもあった。
タモキソフィンというホルモンブロック剤を5年飲むことになった。 私の乳がんは女性ホルモンで増えるタイプなので、その女性ホルモンをブロックしてしまう薬なのだそうだ。
女性らしくなるために飲む人もいるホルモン剤を抑えてしまうとは。副作用を聞いて、またがっかりした。
体重の増加、肌荒れ、髪の毛は薄くなる。骨がもろくなる。
生理も止まる人が多いそうだ。無理に閉経のような感じになる。更年期障害も起こるという。
ほとんど治療は終わったと思っていたけれど、まだ戦いの途中だった。