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乳がんサバイバー 第20話 髪が抜け始め取り乱した友人とドラクエの武器に救われた息子の話


 7月のはじめにキャリーとアラモアナの近くにあるサロンにウイッグを買いに行く。このサロンのオーナーも元がん患者でウイッグを安く提供してくれて、そのうえウイッグのカットもしてくれる。対象はその場で髪を剃る人、それからもう髪がない人のみだった。

まだ髪が抜けていないキャリーはウイッグを選ぶだけにした。私は黒と茶系のショートのウイッグをかぶってみた。その場で自分のウイッグを外したのだが、髪の毛のない私を見てキャリーはすごくショックを受けていた。彼女が選んだブロンドのショートのウイッグを胸に抱え、目を見開いたまま横を向いていた。

この数日後電話をするとキャリーは子供のようにわあわあと泣いていた。髪がごっそりと抜けたのだという。長い髪を切らなかったので、ビジュアル的にもショックだっただろうと思った。

――かわいそうだけど、乗り越えるしかないのだ。 抗がん剤をするなら髪の毛は抜けるのだから――

 彼女はこの後このサロンで髪を剃り、選んだショートのブロンドのウイッグを買った。だが、それも気に入らずにミディアムの新しいウイッグを買い、ショートブロンドウイッグをもらった。そしてまた気に入らずにミディアムの方も私にくれた。私は気に入ってかぶっていたので当時の私は毎日ブロンドだった。

長いきれいなブロンドの髪の毛が自慢だったキャリーはどんなウイッグも満足できなかったのだった。

「いっそ、ぜんぜん違うのは? 私もあなたがくれたブロンドウイッグ気に入ってるよ、長い黒髪のにしたら?」と冗談のつもりで笑ったら

「うん、そうしてみる」と言う。

思いつめてる感じだったので、一緒にウイッグのサイトをいろいろ見てみたが、選んだのはやはりブロンドのミディアムのものだった。 こんな時だから、違う髪型で遊んでみようという発想は彼女にはないようだった。

実はキャリーはハワイもハワイアンも日本も日本人も大嫌いで、同じ時期に病気にならなければ友達になっていないタイプだ。日本の基地で会っていたら、その場限りの付き合いだったはずだ。

この時だけは私達は人種を越えて、お互いにとても大事な存在だった。

* * *

 6回目の抗がん剤も終わり、あと2回。息子の精神状態はまだ安定しておらず、時々3歳くらいでやめていたマミーという言葉で私を呼んだりしていた。

突然泣き出す(お墓の前で最高なママだったといって泣いている自分)を想像するのだという。 

「真っ暗の中をママがどんどん小さく遠くに行って消えちゃうの」と言った。

紙にその絵をかいてと頼み「破ってみて!」と言った。

「ほらー! なくなっちゃったよ」

「だって、それは絵だから……」

「じゃあ目の前のママを見て! すごく元気でしょう?」

と変な顔をしてみせた。息子はちょっとだけ笑った。

どうしたら気持を楽にしてあげられるだろうか。

病院では、カウンセリングとして小さい子供に抗がん剤の説明をしていたのだ。お母さんの乳がんの話、抗がん剤って何? どんな薬? そして抗がん剤をする部屋を見せてくれたのだが、それは逆効果だったような気がする。

渡された絵本もお母さんが抗がん剤をして髪の毛が抜ける話だった。頼まれて何回か読んだのだが、あまり効果はなかったような気がする。

ある日また突然の号泣が始まったときに

「あのね、抗がん剤はね、すっごく強い武器なんだよ、ラスボスなんてすぐやっつけちゃうバトルアックスなんだよ!」

と当時2人でやっていたドラクエの中の武器の名前を使った。

「え!そうなの? 強い武器なの? でも癌も武器を持ってるでしょう? どんな武器?」と聞くので、間髪入れずに

「こんぼう!」

と、一番弱い武器の名前を言ったら、はじめて晴れ晴れと笑った。


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