上地克明市長が示したもの
「都合のいい切り取り」は当然存在するだろうから、実際の発言前後の質問と本人の答弁映像を見て感じた、正直な感想であり、不謹慎だと思われるかもしれないが、私は、なぜ彼がそのような問題発言をしてしまうのか、ある意味理解できる。戦争時の体験があり今は故人である父親と、今の自分のちょうど中間ぐらいの世代の人達(私の知人でもこういう男性は、かなりいる)なら、言ってしまいそう。
今の、政治的なジェンダー平等の運動が、ネットを通じてより可視化され、活発になっている時に、この世代のあるいは今でも多くの男たちは、
「女性のDNA、ミトコンドリアの中に常に虐げられた歴史があり、その怨念が現在のフェミニズム系の運動の源泉となっている」(心からそれらの運動に同感していない。たぶん偏っている、おかしいと思っているはずだ)と言われたら、案外普通に聞き流してしまうはずだ。
まず今更言う必要など無いが、当然彼は批判されるし、されてしかるべきだろう。DNAとかミトコンドリアはそんな歴史を記憶していない。そして、おそらく正しいバランスを取り戻すため、保守的に考えれば少し急進的にすぎると思えるだろう運動を、怨念と表現したのは不適切極まりない。
(まぁ、徹底的に批判する方は多くいるだろうし、本人も不適切だったと認めているので、これ以上、このような発言を強く責める気になれない私は、せいぜい反面教師にするぐらいだが)
一方で、69歳の彼がなぜそんな発言をしてしまったのか、確証はないが、理由はわかる気がする。 女性が虐げられてきた歴史を、記憶しているのは、女性のDNAなどでは当然なく、彼が今まで生きてきた中で、触れてきた様様な創作物、書物、あるいは現実の報道、そしておそらく彼の人生体験で見てきた、聞いてきたもの、つまり彼自身の脳内記憶そのものである。
彼らの世代の、大人向け創作物=ファンタジーの中で、この手の表現=「男に虐げられた記憶が女性のDNAに刷り込まれている =(私の解釈では) 男に虐げられるのが女の性である」的なエロ表現をよく目にするし、(まぁ、低俗なエロと評価する人も多いだろうが)、現実世界においても、女性が虐げられてきた現実を、彼は本当にずっと見てきたのかもしれない。
つまり、男性は、長きにわたり明らかに女性を虐げてきて、それが娯楽物にも、現実にもあふれかえっており、「虐げられる記憶が女性のDNAに刷り込まれている」と、男が都合よく解釈してしまう、という現実である。
私が未成年への様様な性的コンテンツのゾーニングを、徹底すべきだと思うのも、(社会が公平になるのと同時に)このような勘違いを子供の時にメッセージとして受け取ってしまった男をこれ以上増やさないためである。
結局、横須賀市長は自らが、私達男が長きにわたって、女性を虐げてきたという事実を証明してみせたのだ。
大人が理解した上で楽しむべきである、ファンタジー、創作物での性にまつわる修辞表現を真に受ける、あるいは、そのファンタジーが現実であるかのように思ってしまい、それが普通に受け止められてきた、まさしく女性が男性に虐げられてきた社会であったということだろう。