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2021/3/21-22(月)自分語りを、堂々と。


昨日はきついことを書きましたけども、実際には私、これまでいったいどれほど多くの「自分語り」に楽しまされ、励まされ、心を潤し豊かにしてもらえてきたことか。

自分語りがパフォーマンスと呼ばれるものになり、芸術と評されるまでに高められ、私たちの五感を最大限に刺激し喜ばせるものにまで磨き上げられた時、確かに生命維持というだけなら直接的には必要ないかもしれません、だけど人生に意味を持たせるためには、様々な色彩、味わい、思い出で人生を満たすのには、どれもこれも必要なものです。

そしてどの自分語りが他の人たちに受け取られたのちかけがえのない宝になっていくのか、こればかりは各自がくじけず自分語りをし続けてみない限りわからないように思います。

元来自分語りなんてのは自分自身の欲求がやらせているもの。自分自身がやってて楽しいし時に救われることも多いからやっているだけのこと。人に強いられてやるものじゃないんだし。

だから誰かに勇気や希望を与えるためだなんてしゃらくさいことを言うんじゃなく、誰からそっぽを向かれたってやりたい限りやり続ければいいと思うんです、自分語り。

表現の喜びってそういうもので、人の役に立ちたいだけなら農業やったりインフラ整備したり自衛隊や消防団員や警察官になって人が本当に必要としているものを提供し具体的な作業で奉仕するほうがずっとずっといいです。

自分のために好きなことをやっていい国に生まれてきた上に、生まれ持った才能と環境のおかげで自分語りがお金になる幸運に恵まれたのならば、好きなことを堂々とおやんなさいと。不自然な言い訳なんかしなくていいから。

その自分語りに意味があるかどうかは、あなた以外の私たち一人ひとりにしか決められないこと。あなたに決められることじゃないの。だからこそ、役に立とうが立つまいが、堂々と、胸を張って、楽しんで。


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たまやまめふく
武者修行中です。皆様に面白く読んでいただけるような読み物をめざしてがんばります。