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父のこと1 幸せになる、と決めた。

背中が痛くて眠れないんじゃなかろうか、
足先はあたたかくしてるだろうか、
パンツのゴムがキツすぎるんじゃなかろうか、
部屋が寒すぎやしないか、暑すぎやしないか、
食欲はあるだろうか、食べたいものはないだろうか、
深夜にお腹をすかせてやしないだろうか、
今日一日、笑顔になることがあったろうか、
空がぬけるように青かったことを、
庭のブーゲンビリアが咲き誇っていることを、
柿の木に実がなったことを教えてくれた人はいたろうか、
寝室のドアの向こう、
一人寂しくしてないだろうか、

そんなことを心配して
眠れない夜を過ごすことは、もうない。


「今、帰ったで」と
寝室のドアを開けて声をかけることも、
あらぬ方向を向いたアレクサから聞こえてくる
大音量のテレビ音声の合間を狙いすまして
「お父さん!」と大声で呼びかけることも、
「美味いなあ」と言ってもらえることも、
「次はいつ帰るんか?」と尋ねられることも
「早く帰ってきてくれよ」と請われることも、
憎まれ口にイライラさせられることも、

もうない。
二度とない。


悲しみに後悔と絶望と、
いろんな感情が入り混じって
どうして良いのか分からなくなるけれど
それじゃあいけない。

「まだ人生、半分や。
これから楽しいことがたくさんあるで。
幸せになりなさい」
去年のわたしの誕生日、
思いがけずかけてもらったその言葉を胸に
悲しみを乗り越え、
後悔を手放し、絶望を手放し。
そうして、きっと幸せになろう。

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