火鉢に使う炭を探して、たどり着いたのは【東かがわ五名(ごみょう)】地区だった
ウチの2階には「囲炉裏暖炉」というちょっと変わった暖炉が据えてあるのだが、このところ夜更かし時間が減り、最近では暖炉よりも火鉢(ひばち)をひんぱんに使うようになった。
以前は囲炉裏暖炉でできる熾炭(おきずみ)をストックしておいて火鉢に使っていたのだが、その消費が早いので市販の炭を入手する必要に迫られらたわけである。
東京の西多摩に暮らしていたときに始めた火鉢は、陶器製の小さな手あぶりであった。燃料の炭は知人に貰ったりしていたのだが、やがて武蔵五日市の通りにある燃料店で岩手のナラ炭を買うようになった。
武蔵五日市といえば林業の盛んだった昔は炭の一大集積地だったはずだが、そこでさえ地元の炭は扱っておらず、岩手から来る炭を買わざるを得なかったのだ。
今でもその炭は当時と同じ紙袋のデザインで販売されており、ネットでも買えるのだが、せっかく四国に住んでいるのだから地元の炭を使いたいと思い、以前自著でも紹介した「阿波木炭」を、高松市内のホームセンターで購入したのである。
袋を開けてみて驚いたのは、ノコギリで裁断した跡も生々しいブロックのような炭が出てきたことで、原木はそうとう太く、それを炭焼きできるサイズに切り刻んで焼いたのだ・・・と察せられた。
炭焼きというのは、普通はわりと細めの木を使うものである。なぜかというと、伐採した後の切り株から自然に生えてくる「ひこばえ」を育て、それを15年ほどのサイクルで伐採を繰り返すものだからである。
長らく炭が使われなくなり、そのようなサイクルが絶たれて山は太い木ばかりになってしまい、それでもいまは林道も入り様々な機械があるので炭に焼かれ、遠く高松の僕の住むアトリエの2階のリビングまでやって来たわけである。
そんな感慨にひたって火鉢を使っているうちに、炭の中にいくつか煙が上がるものが出てきた。未炭化の炭であった。さいしょ火箸で拾い上げては暖炉の灰ので消火していたのだが、あまりに出てくるものだから、さすがに店に電話して返品することにした。
さて、困ったのは次の炭の入手先である。同じコーナーには青森産の炭の袋もあったけど、いくらなんでも四国在住の僕が使うには遠方に過ぎ、薪火を描くイラストライターとしてはストーリーが飛躍し過ぎるではないか。
囲炉裏暖炉のフードと煙突を手がけたアイアン作家の知人に電話してみると、実家が塩江の山持ちである彼も以前は炭焼きをやっていたことがあるというのだが、いまは需要がないので止めたという。が、東かがわの五名(ごみょう)地区でいい炭があるという情報を得た。
五名といえば、僕はその地区でもう何年も棚田と里山の再生活動(Gomyo倶楽部)に参加しているのだ。灯台下暗し・・・しかも活動場所近くの直売所・カフェの知人に電話したところ、そこで12キロ袋の炭を販売しているというではないか。
翌週の活動日に朝一番で炭を買いに行った。裏の置き場から出してくれ、それが最後の一袋だということだった。開けてみるとまさに昔の炭の姿そのもので、しかも値段は安く、焼いた炭焼き名人という人も察しがついた。
いい炭だった。茶室でも使える「菊炭」と呼べそうな炭も混じっている。こんな繊細で美しい炭の文化が、いま荒っぽいキャンプ・バーベキューでしか使われないなんて不幸なことだ。換気さえ気をつければ現代住宅でも火鉢は十分楽しめるのだから(エアコンと併用してもいいのだ、いまウチではそうしている)。
そんなことをSNSで書いていたら「火鉢を習いたい」というという人が何人か現れた。というわけで、近いうちに高松のアトリエで「炭と火鉢のワークショップ」をやろうかと考えている。
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