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人工林の科学/森林講義編5(目指すべき森のかたち、風雪害・自然間伐の再生林と「伊勢神宮宮域林」)

紀伊半島の人工林の問題点

紀伊半島の森・人工林の問題点を整理してみましょう。

まず、土壌は世界最高といっていいほどの褐色森林土壌です。しかしその下の心土、岩盤、土が崩れやすい。軟らかい。もともと崩れやすい地質の上に広葉樹がしっかり根を張って防いでいたのではないか。

それを皆伐して人工林化した。それをきちんと間伐して、間に広葉樹を入れればよかったのだが、それができなかった(*23)。 

①吉野林業の影響下にあり密植林を真似る → 間伐が遅れるととたんに線香林化。
②台風は来るが風害は少ないし雪折れするほどの大雪はない → 自然のオノによる間伐を受けにくい。
③雨が多い気温が高い=植物の生長がよい→弱い間伐ではすぐ元に戻る(*24)→表土流出・保水力を失う。
④原生的な山を伐って人工林化したとき「根腐れによる亀裂」と斜面の湿潤重量の激変。巨木が水を貯める → 人工林の線香林は乾燥斜面、この負荷重量差が大きい。
⑤民有林が多い・急傾斜の山で間伐補助金の利用(団地化・作業道づくり)が困難(*25)。

Google Earthで確認しましたが今回の台風でも紀伊半島の海岸線の山は崩れていませんね。大きく崩れたのはすべて内陸部でした。海岸線は広葉樹がよく残っているし、人工林化しても風が強いので自然の間伐が入るためでしょう。

地質は高知県から連続していますが(四万十帯)、今回の台風で高知県はそれほど大きな崩壊はなかった。雨量のちがいもあったのでしょうが、高知は林業県で間伐や作業道が盛んです。四万十式作業道という優秀な道づくりの技術なども持っている。また、台風直撃の地形で山間部では雪も降る、乾燥による枯死もある。すでに自然の間伐が入った場所がたくさんある。

航空写真で見ると林地境界や地表の変化点が崩壊の接線になっている所が見られる。これは古い時代の崩壊跡ですね。このような場所は亀裂が隠れている場合が多く、注意が必要です。

古い広葉樹の根腐れだけでなく、人工林の根倒れ跡などの穴が崩壊のきっかけになっていないか? とくにスギは重くなるので荒廃林地には根倒れ穴が多数見られるはずです。

自然の間伐(風雪害)で再生する各地の人工林

台風で線香林が倒れた写真です。実はこれ紀伊半島(合川ダムの近く)のものです。紀伊半島の内陸部でも風の通り道ではこのような被害が出ている。こうなると木材としての収穫はあきらめるしかありませんが、自然のオノによる強度間伐が入ったと考えれば、自然にツタ(ツル・カズラ)類が生え、広葉樹などが再生してくるはずです。

これは徳島県の例ですが、スギの人工林の中にシイの木が入り込んでいますけど、間伐したわけではなく、もちろん植えたものではなく、たぶん台風被害でスギが折れたところから広葉樹が顔を出して、このような針広混交林になりつつあるという状態です。こういう場所が四国の山にはけっこうあるんですね。しかし、紀伊半島の内陸部ではあまり見かけません。少ないですね。

長野の例です。新緑の時期に撮影したのでよく解りやすいと思います。山裾にカラマツとスギが植えられていますが、その間に新緑・芽吹きの広葉樹がまばらに入り込んでいます。普通はこんな施業しませんから、おそらくこれも雪で折れた間から、広葉樹が再生してきている。で、自然の混交林になってきている。ですから、折れてくれるところは手入れ不足でもありがたいですね。山が自然に再生しているわけですから。

次は群馬県の例ですけれど荒廃林内の写真です。雪折れでバキバキ折れた人工林の中に、広葉樹が勝手に入り込んできて、かなり育っています。むしろこうなってくれたら環境的にはありがたいですよ。ところが、こうならないんですよ、紀伊半島は。

雪折れスギ林と再生広葉樹(上下とも、群馬県藤岡市2006.4.25,29)

2例とも同じ山ですが、いい感じで広葉樹が入ってきていますよね。これは植えたわけでもなんでもないわけです。雪が降って線香林で細かったスギが折れて、空間ができたところに自然に生えてきた。木材を収穫する経済林としては、いい木が残っていないのでよくないですが、環境的には回復している。

次の写真は鳥取県の大山の麓のスギ林です。下草や広葉樹が入り込んでいるので、間伐の手入れがされた山と思うかもしれませんけれど、これもまた雪で折れた自然間伐の山なのです。なぜ解るかというと、枝打ちが下のほうまでぜんぜんしていないし、林内にツルが巻き付いたままの木が残っている。こんなことは間伐作業をしていたらありえませんからね。実は、日本海側の雪国では線香林はできにくいのです。なぜかというと、毎年ドカ雪が降るわけですから、弱い木・細い木は線香状態になる前に折られてしまうのです。

強度間伐で育つ施業地、伊勢神宮宮域林の例

これらの例は、自然のオノによって強度間伐された山ですが、もちろんきちんと選木して人の手による間伐を入れた方がいいに決まっている。それならいい木だけを残すことが可能だからです。同時に環境も守られ、山も崩さず、持続的な林業が可能になる。

自然災害を防ぐ林業——こういう考え方や理論というものは、西洋にはないんですね。西洋では木を折るほどのドカ雪・重い雪は、人工林を育てている場所では降らないでしょう。それから台風もない。このような考え方を導入していかないと、日本の林業は立ち行かないはずなんです。どのような施業をしたら風雪害で折れにくい、崩れない山が作れるのか、それを経済林として成立させるのに、効率的な間伐はどのようなものか? ということです。

そのような施業をしているところも少なからずあります。これは伊勢神宮の宮域林です(下写真)。ここは自然のオノではなくて人の手によっていい木を育て、しかも環境的にもすばらしい山になっています。

写真に2本線をペンキで印された木がありますが、これは式年遷宮で使うことを目標にマーキングして育てられている木です。ここでは70年〜80年前からヒノキを植え「樹光伐」といって特に素性のいい木を決め、その木がより光を得られるように周囲の木を伐るという強度間伐の一手法で行なわれています。80年生ヒノキがようやく今年(2013年)の遷宮の一部に使われることになったそうです。

私の隣の2重ペンキの木はかなり太く育っていますよね。周囲に照葉樹がたくさん生えています。林床には厚い落ち葉が堆積してシダが生えている。下草は少ないですが、理想的な混交林の形になっています。

広葉樹も用材として使える木になる

同じヒノキだというのに、間伐の技術一つで、片やあのような線香林になって大崩壊を起こし、こちらはこんな立派な木が育っている。ここは三重県で、今回崩れた熊野の山と土質はちがいますが、雨量は似ていて年間4,000㎜くらい降る山です。
 これも宮域林の写真ですが、非常に清々しい森で神聖な感じがします。神社の中を歩いているような感じです。

宮域林の中の作業道です(下写真)。舗装もガードレールもつけていません。山側の切土も低く、立ち木も道際まで残してあるために、上から見ると林道がどこに入っているか解らないほどです。そのような管理道がたくさん入っています。宮域林では沢沿いと尾根筋はヒノキを植樹せず、あえて自然林のベルトを残しているところも特徴的です。

森の階層構造は下図のようになっていて、上層木はヒノキですね。その下には広葉樹が生えている。で、やや暗い中から生えてくる広葉樹は幹が通直になり、側枝が落ちてきます。そしてヒノキを伐ったときにこれらの中層にある広葉樹が一気に縦に伸びて大きくなる。すると、この広葉樹も用材として使える木になるのです。実際、宮域林ではこのような広葉樹を用材として出しており、単価もヒノキとほぼ同等だそうです。

『鋸谷式・新間伐マニュアル』(全林協2002.11)より

旧宮川村を襲った2004年の豪雨のときも、今回の2011年の台風でも、ほとんど崩れていないですね。なにしろこれらの大木は伊勢湾台風を乗り越えてきたわけですから。さすがに伊勢湾台風のときは相当折れたらしいですが。80年生超(最初の植林は大正14年/1925年)ですからそれを通過しているわけです。

「伊勢神宮宮域林」位置図/国土地理院地図を改変
内宮から五十鈴川沿いに剣峠(標高330m)まで宮域林内を走る県道12号。
ただし沢沿いなので近景はほとんど広葉樹林となる

Google Earthの航空写真で宮域林を見ると⑩⑪、人工林なのに表情はボコボコしていて、全体が広葉樹の森のようにも見えます。最終的にこのような森づくりを目指して、熊野もぜひシフトしていってもらいたいわけです。

剣峠から伊勢神宮宮域林遠景(2014.1.28)

(森林講義編6に続く)

※伊勢神宮宮域林に関しては拙著『「植えない」森づくり』(農文協2011.4)38〜44ページに詳述があります。ぜひご一読ください。




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