不妊症ってなんですか。誰かが悪いんですか。
そういえば
そういえば、俺の玉は妙な形をしている。気がする。
いつからかはよく覚えてない。高校生の時には既にこの形だった。どんな形かといえば、なんだかぼこぼこしてる。そんでもってちょっと、重たそうにだらりと垂れ下がっている。
なんというか、袋のなかにさらにいくつもの小さな玉が沢山あるみたいだ。
それも左側の玉だけ。ちょっと嫌だなとか、気持ち悪いな、なんて思う。でも痛みもないし、日常生活に支障はない。まぁ、こういうものなんだろう。そう思うしかない。
楽観してみれば、もしかしたら、俺のとんでもない魅力がこの玉にはつまってるかもしれない。じいさんになっても元気なオタマジャクシが出るタイプかもしれないし、単に量が沢山あるということかもしれない。
これらはあくまで希望的観測ではあるけど、まぁ、そんなに気にすることじゃないだろう。
朝、シャワーを浴びながら俺はあそこを丹念に洗った。朝、起き抜けに一発。それを洗い流しながら今日のデートのことを考えていた。彼女とはまだ付き合って1ヶ月も経っていない。今日こそは、どうだろうか。
そんなことを考えながらお湯を頭に受けて体を暖めた。
先日買ったばかりのおろしたての服に袖を通す。だんだんと寒くなってきたこの頃、俺は「おう!」と一言叫び、ほんの一瞬で着替える。冷気を感じたくないからだ。
四国の田舎から上京し、東京の大学に通い、そのまま都内で就職をした。誰もがうらやむような大学に入学、地元で英雄扱いの俺はさらにその快進撃を止めることなく一流と言われる企業に就職した。
付き合いたての彼女とは学生時代のバイト先で出会った。彼女はいわゆる難関私立大の女の子だった。スマートでクール、周囲から美人と評判でスタイルも抜群だ。
学生時代の頃はどうにも、その出来すぎた彼女と彼女の纏う落ち着いた雰囲気に怖じ気づいて彼女の魅力には気付かず、ただのバイト仲間としてしか接してこなかった。しかし社会人二年目になってから久しぶりにバイト仲間で集まろうということになり、彼女と再会した。
俺は再会したその日、一目で彼女の虜になった。なぜかはよく考えなかった。ただ、彼女の纏う雰囲気がなんとなく柔らかくなったように見えた。
もしかしたら俺が、仕事や恋愛を経て自信がついて余裕ができたからかもしれない。でも、とにかく彼女は美しいうえに、さらに「可愛く」見えたのだ。
それからは自然と互いに、なるべくして俺たちは連絡を取り合い、付き合うことになった。
大きな決め手となったのは、彼女の言葉足らずな一言だった。
「あの頃からずっと・・・ね?わたしは・・・」
二人で映画を見た帰り、居酒屋で夜遅くまで居座った。そんな日の、別れがたい終電の迫るとき。別れ際に、俯いてそう呟いた彼女は細い指を俺の手に伸ばした。
それだけで充分だった。
「うん。俺も。好きだよ。杏ちゃんのこと、好きだ。」
俺はそう優しく、願いを言葉にのせて言った。君が、俺たち二人が幸せになることを願って。
俺はそんな純愛にのめり込んでのぼせている自分をなんとなく愛しく思うとともに、彼女とはずっと二人で生きていける未来を、確かな現実感を持って予感している。
さあ、身支度は整った。どこからどう見ても、いい男だ。たぶん。
そんな幸せな日々を過ごして三年、俺たちも人並みに幸せな結婚をした。毎日が充実している。
でも、なんとなく。杏が最近浮かない顔をすることが多くなった気がする。仕事でのトラブルだろうか。それとも俺への不満だろうか。
・・・いや、もしかしたら「できた」のかもしれない。ふとそんな考えがよぎった。そうだ、俺たちはもう結婚して二年が経つ。できてもおかしくない。そうだ、先月の旅行で俺たちはいつも以上に深く愛し合った。旅先のせいか、杏がいつもよりも燃えていた。俺も燃えている杏にいつもより強く欲情した。間違いない。
妻の顔色をチラチラとうかがいつつ、俺はその考えを確信していった。夕飯の唐揚げの味も分からないままに。
俺の視線に気付いたのか、妻が口を開いた。
「あのね、そういえばね・・・」
杏はシャイなとこがある。問題の核に迫るまで、重要なことになればなるほど、いろんな言葉を話して前置きをしがちだ。
辛抱強く待とう。嬉しい知らせはその待ち時間にさえも強く募っていく。