青い種
その人の手にはほっそりとした青灰色の種があった。薄く硬い、鞘から抜いた短剣のような種は手のひらに余る長さで、細い指先にしっかりと包まれている。
「この種は、千年たったら芽を出すの」
薄い色の目でわたしを見ながらそういった。
「その時には、もうわたしたちはいない。わたしたちの知っているものは、何も残ってはいないかもしれない。この町も、国も、残っていないかもしれない。その時にどんな者たちがこの地面の上を歩いているか、わたしたちに知る方法はない。いつかその時が来たら、この種は目を覚まし、この土の中で身動きを始める。するすると白いひげを伸ばして、暗闇を探り始めるの。
最初は柔らかな砂の中に無数の細い根を出し、匂いを嗅ぎ取り、滋養分を探す。みるみるうちに根が張って、光の来ない地面の中にレース編みのような迷路が張り巡らされる。砂と土の中の小さな水分と滋養分をあつめて、種は呼吸を始める。そしてある日、ゆっくりと芽が伸び始める。芽には、強い力がある。芽はまっすぐに天を目指す。どういうわけか、種はどんなに深く埋められていても、空がある方向を知っているのね。新しい芽は固くぎゅっと詰まった粘土の層をこじ開けて、我慢強く伸びて行く。そしてやがて、固い地面を突き破って、地表に出る」
わたしは千年後の地面に顔を出す芽を思い浮かべた。そのときに、あの塔はまだ建っているだろうか。この場所に人は住んでいるだろうか。人がまだこの地にいるとすれば、いったいどんな生活を送っているのだろう。
地面には、緑色の粘土の層が四角く切り取られて小部屋のような空間が出来ていた。まるで小動物の棺を収める穴のようだ。その人は銀色のバケツの中から柔らかな黄色の砂をさらさらと穴の中に流しこみ、穴が半分ほど埋まったところで、大切そうに青い種を砂の真ん中においた。そして残りの砂を丁寧に種の上にかけた。種はすぐに見えなくなった。わたしは小さな木のスコップで、穴の回りに盛られていた重い粘土質の土を少しずつ砂の上にかけて穴を埋めていった。暗い緑色の土はとても重くて、わたしはうっすらと額に汗をかいた。
「しるしをしなくて良いの? ここに種が埋まっていることを知らずに、誰かが掘り返してしまうかもしれない」
その人はうっすらと笑って首を振る。
「種には種の時間がある。この種がもし守られていなければ生命が伸びない。それまでの話」
わたしたちは立ち上がって体を伸ばし、服についた埃をはらった。砂丘の彼方から吹いて来るかすかに湿った風が、汗ばんだ首筋に心地よかった。塔の上から三時を知らせる短い鐘がなった。夕方のお茶の時間までには町へ帰れそうだ。