ベートーヴェンとクラマー
クラマーの練習曲にベートーヴェンがひと言註釈をつけたものがある。甥のカールに教えるためだったという。
クラマーは通常クラマー=ビューローとして知られている。ビューローによって編纂されているからそう呼ばれる。
クラマーはベートーヴェンより年上の作曲家で、ビューローはリストの弟子でベルリンフィルの創設者である。
このベートーヴェンの註釈付き楽譜については出典が確実ではないとの理由でさほど注目されていない。この楽譜から得られるものはないという演奏家までネットで目にしたことがある。
詰まらぬことだ、残念すぎると私は思う。
その演奏家に問い質したい。君はそこに書かれている意見自体をどう思うのかと。
研究者はこれをベートーヴェンの弟子(うろ覚えだがシントラーではなかっただろうか)の手になるもので、ベートーヴェンがそう言った確証はないという。
しかし私たちは裁判をしているのではない。その音楽的見解だけを問題にしているのである。ベートーヴェンの意見であるとの確証の有無ではなく、そういう音楽的見解への態度が問われているのだ。
このベートーヴェン=シントラーの楽譜の読み方を私は大変素晴らしいと思う。そうである以上これはベートーヴェンの手になるものだと私は信じる。
仮にこれがシントラーのでっち上げならばそれはそれで良い。シントラーは大変優れた音楽家であったと言うしかないのである。この人のベートーヴェンについての記述が胡散臭いのは承知の上で。
ベートーヴェンの演奏について「氏の演奏はかつて無かったほど幅広く柔らかな音であった」という評が残っている。現代からは想像もつかぬほど貧弱な楽器での演奏に対してである。
この楽譜から想像できるのはそのような演奏だ。
件の演奏家はこの楽譜から得るものは何もないという。では君はここに見られるもの全てを否定するのだろうか。そんなことが可能なのか、とくと考えてみたまえ。何年か先に出典が明らかになりベートーヴェンの言葉だと証明されたら、急にこの楽譜から得られるものは無尽蔵ですと書くのだろうか?
私たちは証拠集めをしているのではない、としっかり合点するべきなのである。