随想・北ドイツのオルガン

部屋を整理していたら古いカセットテープがいくつも出てきた。上書きされることのないように爪を折ってある。してみると何か大切な良い録音なのであろうか?

聴いてみようにも既にカセットテープをかける機器は壊れて捨ててしまった。仕方なく安物の機器を購入してひとつひとつ確かめている。

最初の一つをかけた途端、パイプオルガンの音が流れ出した。これは恐らく北ドイツかオランダの古い楽器だ。大変良い楽器だと分かる。

多分その昔ドイツでラジオの番組を録音したものだ。毎日曜日の朝、歴史的オルガンとカンタータの番組があった。オルガンはその地へ行くことも簡単には出来ず、この番組を楽しみにしていた。

プロテスタント教会のひんやりした空気や匂いが蘇る。

この音の美しさをどう説明したら良いだろう。人は昔からこのように生きてきた、そんな声のようだ。錆びたような、それでいて柔らかい音。それがジルバーマンとの大きな差だろうか。ジルバーマンはモーツァルトが絶賛し、バッハはシュニットガーなどを好んだという。きっと本当だろう。

昨今のオルガン演奏はこの音を活かしているとは到底言い難いと思っている。

以前年配の女性でオルガン奏者だという人がレッスンに通って来ていた。静かで無口な人で、会話を交わすこともなく私の注意に対してただハイとゆっくりうなづくだけであった。

あるレッスンの時私がさる現代の代表的なオルガニストについて、あのような冷たい表面的な演奏は自分には受け容れられないと話した。

そうですよね!彼女が私の方に向き直り強くはっきりした口調で言った。私は驚いた。その人の口からこの様な言葉が出てくるとは予想もしていなかった。

聞くところによればオルガン演奏のセミナーに参加するために何度かオランダまで行き私が批判したオルガニスト達の講座を体験した。大変な違和感を覚えたのだという。

それを話した後はまた静かな彼女に戻った。この人はその後大きな病を二つかかえ亡くなった。病状が悪化して入ったホスピスから一度、やはり静かなメールを頂いた。

古いカセットテープから流れるオルガンの音を聴いてこの人のことを思い出した。



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