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あなたの機嫌を取るためにやってただけ、と言われた日。 【いつか季節が廻ったら #1】

ずっと仲良くしていて、ある程度の信頼関係もあると思っていた。

ちょっと自己肯定感が低いかな?でも、でもやってみようかなと、一生懸命に仕事をする年下後輩学生。彼をみて、頼もしいなと思っていた。自分の若いころにちょっと重なった。

だから、いろんなことに挑戦してみようと一緒に頑張ったり、教えたりしていた。
学会に行ったり調査に行ったり。

もちろん旅費は、苦労して獲得した研究費で用立てした。

ところが、あるころから仕事を拒否し始めた。
「できない」「今は無理」が増えた。

自ら教えてほしいと言ってきた、機械の使い方。たまたま機械の調子が悪くて、途中からやり直しになり、予定の時間内に終わらない。いつもなら、仕方ないねとやり直すか、仕切り直し。
その時は途中からやりたくない感満載の態度だった。

やりたくない感満載の態度は、その後すべてのことに伝播していった。
論文の作成、学会発表、授業、研究・・・。
内心、何のために大学院に来たのかしら、自分を成長させるためじゃないのかな?そう思いながら

「あとちょっとだよ、もう一回見直そうよ。」
「これを調べることから初めてみて。ここでこのキーワードを検索して・・・」
「やってみたら案外簡単だよ。」
「この間の発表はうまくいったじゃない。」
「私もあなたぐらいのときは、こんな失敗もしたし、やってみてわかることもあるよ。」

励まし続けた。

一方で、困惑もした。
「何で?」
「どうしてできないって言うの?」
「あと少しだよ?」
「締め切り直前、完成するまで夜遅くまで一緒にがんばったじゃない。」
「努力が実って申請書が採択もされたじゃない。」

もともと、いったん決めたら、テコでも動かないような雰囲気があった。決めたら何を言っても動かない。0か100、白か黒。グレーはなさそうだった。

私が言うことが、心に届いているのか、いつもわからなかった。

やりたくない感満載の態度が充満した、あるとき、

「一緒にやってきた私の気持ちはどうなるの?」
「私の気持ち、考えたことある?」
「自らやると申し込んだ学会発表も反故にしてしまって何考えてるの。申し込みだってお金 (研究費) がかかるし、その研究費を調達するのがどれだけ大変かわかってるの。 」
「学会だってプログラムを作っていて先方にも迷惑がかかるのよ。」

私は怒った。

自分のことを振り返っても、
どんなにピンチになっても学会発表を反故にするとか、あり得なかったからだ。どんなにピンチでも帳尻を合わせて、発表の時間は耐えて「とにかくやる」それしか方法はないと思っていた。

ところが、だ。
嫌だ、できない、とわめき散らす選択肢があったのだ。
「やりたくありません。
それを穴埋めする方法とか、知りません。」
言い放った。

根負けして、
「では、学会や共同研究者の方には自分から連絡しなさい。」
そう言った。
対応は早かった。
「学会発表しない」ことに比べたら、先方にごめんなさいすることは年下彼にとってはたやすいことだったようだった。

ある日
「あなたの機嫌を取るためだけにやってきた。疲れた。」
「研究なんてどうでもいい。」
と言い放った。

「私の機嫌取るために研究してたなんて、おかしい。研究したいと思ったから大学院にきたんじゃないの?私のためであるわけがない。」
「そういわれた相手の気持ちは考えたことがあるの?」

なおも被せてくる。
「・・・見捨てられても仕方がない。」

「あなたを見捨てたことなんてない。なんでそんな悲しいことを言うの?」
混乱して、二回り近く年下の彼の前で大泣きした。
涙が止まらない。
大切にしていた美しいガラスの入れ物が、あたたかなひだまりの中で粉々に割れてしまったような気がした。

うぬぼれる気はないけれど、年下彼からは一定程度の好意も感じたこともある。恋愛感情というより、慕ってくれてるとでもいうか。

私が彼だったら、素敵な先輩がいて成長させてくれそうだと感じたらひたすらついていく。そんな雰囲気だと思ってた。

だから、何で、どうして? 
「私は、やるべきことをやっていなかったら怒る。でも、理不尽に機嫌が悪くなったことも、当たり散らしたこともない」

(つづく)


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