就職活動、企業の事情もあるのだから返事は待つしかない。【いつか季節が廻ったら #3】
桜が咲く、少し前。
22時ごろ、建物をでるとキンとした寒さがほほをなでた。
調査の帰り、あまりにもふてくされていたので、話をしたのだった。
「あなたの機嫌を取るために研究していた」と言われた日。涙が止まらなくなった。大泣きする私を見て年下彼はどう思ったであろうか。
ほとんどなにも言わなかった。ただ横を向いて私の方を見ることはなかった。
このころ、年下彼は就職活動をしていた。
今は売り手市場、経団連の解禁日なんて無視しして、ほとんどの企業が早々と就活生を取り込んでいる。
氷河期を経験した私の世代とは様相が全く違う。当時、いくら就職活動しても決まらない人たちが大勢いた。本当に厳しかった。
今、学部3年生の後期には「早期選考」という名のもと学生を囲い込む企業もある。ゼミに配属になったばかり。拘束力はないとされるが「内定承諾書」を振りかざし、研究の楽しさに気付かせる前に企業が学生を奪っていく。
経済が不況になったら、ほとんど採用せず、採用しても「内定取り消し」を平気でする。あまりにも企業が身勝手でずるい。
こんな時代、桜が咲く少し前に就職活動を始める、というのは世間一般からは「遅い」ようだ。
年下彼曰く、採用が終わってるところは 2年先の募集要項がでているし、自分が行ってもいいと思うところは採用情報が出ていないのだそうだ。「行ってもいい」と思える企業から就職活動開始。
今はZoom などでリモート説明会や面接も多いそうで、隔世の感を感じる。
1つ受けるとその選考が気になり、決まるまでは次から次へと企業を探さねばならず心が休まらないという。
まあ、そういうもんだと思う。いわゆる「就職活動」は、たくさんはしてないけれど、私もそうだったもん。
「ちょっとでもやってみてもいいと思える方を選択するようにしたら。やってみてもいいと思えることなら、しんどいと思っても続けられるよ。」
「行きたい企業がない」
「このままだとニートになってしまう」
「新卒カードが使えるのは今だけ」
「就活、決まらなかったら人生詰む」
「なんでこの時期に (大学院の) 中間発表会があるのかわからない。 」
もう何年も前から毎年この時期にやっている。お決まりの会だ。
「毎年この時期にあるの、知ってるよね?これはやらないと修了できなくなるよ。」
「いろいろ私がうるさくて、そろそろウザイと思ってるんじゃない?」
「ウザいと思われても別に構わない。修了することを目標にやってるんだから、私は言い争いになっても、何度でも言う。「やりなさい」って。」
「ウザいとは思わないですよ。・・・わからないんですよね。」ぽつりと言った。
もう年下彼はヤケクソだった。
日本経済新聞には
「中途採用が5割迫る 今年度「新卒中心」転換点」
そんな記事が踊る時代、それでも世間を知りようがない学生には「新卒信仰」は今でも根強い。
そして、いわゆる就職だけが道ではないことも、たぶん薄々は知っていても、就職しか道がないと思い込んでいる節がある。
猛烈に焦る、年下彼。
ひとつふたつとZoom説明会を予約。面接に進む。どこを受けたらいいのかと相談され、いくつか紹介する。私がかつて受けた会社にもエントリーしていた。
エントリーシートの添削をしてほしい。
そう頼まれたこともあった。締め切りは明日。
「明日が締め切り?」
私は家に帰り、夕食の準備をしながら、年下彼から次々届くメールに貼り付けられた文章にコメントしつづけた。
「ここもう少し具体的にしたら?」
「このエピソード、こういうふうに論点を絞ったら?」
「こんな案はどうかな?」
23時近く、「あとは自分でやってみます。」
「わかったよ。頑張って。私は寝るからね。」
そんなこともあった。
面接に進むとたいていは1週間もしないうちに先方が採否を知らせてくるのだそうだ。1週間して連絡がないと「落ちた」と言う。
客観的にみたら
「連絡が来ていない。ただそれだけ。」
なのである。
私が
「先方にも事情があるかもしれないよ。決裁が済んでないとか、上司が出張中とか。結果が来てないのに一喜一憂しても仕方ないよ。待っておくしかないじゃない。」
と言おうものなら、
「先生は最近の就職事情をしらない。1週間して連絡がなければ落ちたに決まっている。」
「そうか。それじゃあ、そうなのかもしれない。でも返事は来てないんだよ。」
このころになると、年下彼が私に当たり散らすことが日常になっていた。
ゴールデンウィークが明けてしばらくしたころ、年下彼が部屋にやってきた。内定をもらったという。
どこからと聞くと、
「この企業は1週間で返事がこないから落ちた」と散々、私に当たりちらした企業だった。
「本当!? よかったじゃない、大手だよ。そこの機械、ウチの研究室でも使ってる。」
喜んでそう言ったら、気まずそうにした。
ほら、相手の事情もあるんだから、と言おうとしてやめた。