ひび割れた眼鏡で時間通りに来た(藤井雪兎)
ひび割れた眼鏡で時間通りに来た(藤井雪兎)
いいですね。短い句のなかに映画のワンシーンのようなストーリー性が見えますね。
友人は眼鏡の紳士。非の打ち所のない優雅な身のこなしで、長年の付き合いだが怒ったところなんて一度も見たことない。
久しぶりに待ち合わせて、休日を共にすることになった。
少し早めについてしまったわたしは、賑わう街の一角で彼を待っている。ぼんやりと突っ立つわたしの前を、楽しそうな土曜日の人々が次々と通りすぎてゆく。
来た。彼だ。
時計のように正確に、待ち合わせ時刻ぴったりに、優雅に歩み寄ってくる。
だが変だ。
いつものスーツに身を包んでいるが、ほんの少し前髪が乱れて、眼鏡が割れている。
え、眼鏡が割れている!?
どうした、大丈夫か!? 怪我は?? 何があった??
だが彼は、少しも表情を変えずに、何でもない、行こうか、という。
わたしはそれ以上彼に尋ねることが出来なくなる。
歩き出す彼のうなじを見ている。いつものように、綺麗に刈り込まれている。
思い出した。だが、彼は、無礼な人間には容赦ないのだ。
そして、めちゃくちゃ強い。
今日は何があったのだろう。何人相手にしたのだろう。
だがいまは、訊かないほうがいいだろう。夕闇が街を包み、我々に少しアルコールが入り始めた頃。
機嫌が良さそうだったら、少し話を向けてみよう。
面白くもなさそうに、ちょっとした武勇伝を聞かせてくれるかもしれない。
そんなことを思わせるような句でありました(^皿^)