やまなしみたいな
カレリアの谷の底を写した二枚の青い幻燈です。
一、五月
二疋の鼠の子供らが茶色っぽい谷の底で話てゐました。
『クランバグンはわらつたよ。』
『クランバグンはかぷかぷわらつたよ。』
『クランバグンは跳てわらつたよ。』
『クランバグンはかぷかぷわらつたよ。』
上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。そのなめらかな岡の上を、つぶつぶ暗いHEが飛んで行きます。
『クランバグンはわらつてゐたよ。』
『クランバグンはかぷかぷわらつたよ。』
『それならなぜクランバグンはわらつたの。』
『知らない。』
つぶつぶHEが流れて行きます。鼠の子供らもぽつぽつぽつとつゞけて五六粒HEを吐きました。それはゆれながら火花のやうに光つて斜めに上の方へのぼつて行きました。
つうと銀のいろの腹をひるがへして、一疋のLTが頭の上を過ぎて行きました。
『クランバグンは死んだよ。』
『クランバグンは殺されたよ。』
『クランバグンは死んでしまつたよ………。』
『殺されたよ。』
『それならなぜ殺された。』兄さんの鼠は、その右側の履帯の中の二本を、弟の平べつたい顔にのせながら云いひました。
『わからない。』
LTがまたツウと戻つて谷の下の方へ行きました。
『クランバグンはわらつたよ。』
『わらつた。』
にはかにパツと明るくなり、自走のHEは夢のやうに地面の上に降つて来ました。
空から来る光の線が、底の白い磐の上で美しくゆらゆら爆発したりちゞんだりしました。HEや小さなゴミからはまつすぐな影の棒が、斜めに空の上に並んで立ちました。
LTがこんどはそこら中の黄金の光をまるつきりくちやくちやにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又丘上の方へのぼりました。
『LTはなぜあゝ行つたり来たりするの。』
弟の鼠がまぶしさうに眼を動かしながらたづねました。
『何か悪いことをしてるんだよとつてるんだよ。』
『とつてるの。』
『うん。』
そのLTがまた丘上から戻つて来ました。今度はゆつくり落ちついて、エンジンも履帯も動かさずたゞ坂にだけ流されながら砲塔をくるくるしてやつて来ました。その影は黒くしづかに底の光の網の上をすべりました。
『LTは……。』
その時です。俄にはかに天井に白いHEがたつて、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾のやうなものが、いきなり飛込んで来ました。
兄さんの鼠ははつきりとその青いもののさきがコンパスのやうに黒く尖とがつてゐるのも見ました。と思ふうちに、LTの車体がぎらつと光つて一ぺんひるがへり、上の方へのぼつたやうでしたが、それつきりもう青いものもLTのかたちも見えず光の黄金の網はゆらゆらゆれ、HEはつぶつぶ流れました。
二疋はまるで声も出ず居すくまつてしまひました。
お父さんの鼠が出て来ました。
『どうしたい。ぶるぶるふるへてゐるぢやないか。』
『お父さん、いまをかしなものが来たよ。』
『どんなもんだ。』
『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖つてるの。それが来たらLTが上へのぼつて行つたよ。』
『そいつの砲身は赤かつたかい。』
『わからない。』
『ふうん。しかし、そいつはTDだよ。やーくとE100と云ふんだ。大丈夫だ、安心しろ。おれたちはかまはないんだから。』
『お父さん、LTはどこへ行つたの。』
『LTかい。LTはこはい所へ行つた』
『こはいよ、お父さん。』
『いゝいゝ、大丈夫だ。心配するな。そら、うかつなMTが流れて来た。ごらん、きれいだらう。』
MTと一緒に、うかつなT-62-Aが崖下をたくさんすべつて来ました。
『こはいよ、お父さん。』弟の鼠も云ひました。
光の網はゆらゆら、のびたりちゞんだり、弾の影はしづかに砂をすべりました。