WWEのヒールレスラーに見る「アンチ・アメリカ」
プロレスの世界では「ベビー(正義)」と「ヒール(悪党)」のキャラ区別があります。
ずっとベビーやヒールをやっているレスラーもいますが、何かのタイミングで善悪入れ替わるのが普通で、「ベビーターン」とか「ヒールターン」とか言います。
アメリカン・プロレス(以下アメプロ)はこのキャラ区別が明確になっており、ベビーのレスラーが入場すると歓声で迎えられますが、ヒールのレスラーは大ブーイングで迎えられます。そしてレスラー自身も、行動や言動で自分の悪党っぷりを表現します。汚いやり方で勝ったり、観客やレスラーを侮辱したり。
そんな中、たまに「ナショナリティ」を前面に押し出したり、「アンチ・アメリカ」を叫んで嫌われるヒールレスラーが登場します。
今回はアメプロのヒールレスラーの言動から、アメリカにおける 「アンチ・アメリカ」のコンテクストを探っていきます。
1. 「アメリカ的」なレスラーとは
本題に入る前に、「アンチ・アメリカ」と相対する「アメリカ的」なレスラーとはどういったものかを見ていきたいと思います。
「何がアメリカ的か」という価値観は常に変わり続けているので、おおざっぱにしか括れないのですが、要素を分解すると以下のようになるのではないかと思います。
勇敢さ・タフさ
あきらめない心
クリーンであること
忠誠心
家族愛・友情
ユーモアのセンスがある
1~2はボコボコにされながらも立ち向かっていく姿勢。そしてもちろん強いこと。3は、汚い手を使ってくる相手に対して、あくまでクリーンな手段で勝利すること。4はそのままですが、星条旗に対する敬愛・忠誠心を表明すること。アメリカ製のプロダクト(ハーレーなど)で表現される場合もあります。5は、仲間がヒールにやられている時に駆けつけたり、奥さんや子どもをリングに上げたりして表現します。6は、できない人もいるんですが、できる人のほうが人気が出ます。マイクパフォーマンスでヒールを茶化したり、リングでダンスを踊ったりなど、真面目一本ではないことの表明が結構大事です。
そしてこれらの要素をすべて網羅し、「アメリカ」を体現していたレスラーはジョン・シナです。
最初は小生意気なラッパーキャラだったのですが、2003年当時の絶対王者ブロック・レスナーに噛み付いたあたりから人気が出始め、10回以上のWWE王座を獲得しました。
レスリング技術は賛否両論あるんですが、非常にマイクパフォーマンスが上手く、「アメリカ的」レスラー要素をアクションだけでなくおしゃべりでも表現できます。むしろ、マイクの上手さが人気レスラーになった要因である気がします。
上記のPVにも、"Hustle" "Loyality" "Respect" "Never Give Up"というキーワードが登場し、これらはまさに上記の「アメリカ的」文脈です。
ジョン・シナの「アメリカ的」をストレートに表現している動画がこれ。
巨大な星条旗。赤、白、青のアメリカンカラーのシャツ。そして敬礼をするシナ。
「愛国的であること」は、すなはち「勇敢」であり「強く」「タフ」であるという文脈が、シナをアイコンにして描き出されています。
そして、上記の「アメリカ的」要素の真逆を体現するのが「アンチ・アメリカ」のヒールなのです。
2. 「敵国」のレスラーたち
この章では、クラシックな「外国のヒール」たちを見ていきます。
少し前までは、外国レスラーたちは「ナショナリティを前面に押し出す」ことによって、自ら「アメリカの敵」であることを表現しようとしました。
ソ連のニコライ・ボルコフ
もっとも有名かつ、史上最悪に嫌われた外国人レスラーといえば、ロシア人レスラー、ニコライ・ボルコフ。
少し大きな大会では、必ず試合前に「ソ連国歌」を斉唱するというパフォーマンスを行い、観客は「敵国ソ連の手先」に大ブーイングをするのがお決まり。
以下の動画も、ボルコフが歌い出すや物がリングに投げつけられ、暴動が起きるんじゃないかってくらい。
日本のヨコヅナ
日本のスモウレスラー・キャラで一時代を築いたのが、ヨコヅナ。
もちろん日本人じゃなく、サモア系アメリカ人レスラーです。
1992〜93年当時は日米貿易摩擦の余熱が残っていた頃で、ふてぶてしい態度で日章旗を掲げて入場。大ブーイングを受けました。
当時激しかったアメリカ人の反日感情を象徴するキャラクターです。
イランのアイアン・シーク
1979年に起きたイラン革命とその後のアメリカ大使館人質事件は、アメリカ人に「イランは悪の国」と認識させるに十分な出来事でした。
アイアン・シークはそんな「何を考えているか分からない狂ったイラン野郎」を徹底的に演じきりました。
上記の試合でやっているは、ホメイニ師のイラストを描いた国旗に礼拝をするという、今やったら確実に怒られるパフォーマンス。
昔はこのように、「ナショナリティ」をアピールすることだけで「敵」であることを表現できたし、観客もそれを素直に受け入れていました。
ところが、プロレスのストーリーの発達とともに、このようなシンプルな方法では現在は「ヒール」であると表現できなくなってきており、より観客を煽る表現をしないと試合が盛り上がらなくなってしまいます。
そこで1990年代後半から、「アメリカ」を攻撃するヒールが登場し始めます。
3. 「アメリカ」を攻撃するヒールの登場
マイクパフォーマンスで、悪しざまにアメリカとアメリカ人レスラーをののしるヒール。観客から大ブーイングが飛ぶ。そして敵対するベビーフェースのレスラーと対決。ベビー(アメリカ)が勝利し、観客は溜飲を下げる。
アメプロはより「刺激的」なものになっていました。
黒人至上主義集団「ネーション・オブ・ドミネーション」
ネーション・オブ・ドミネーションは、1996年にWWF(現WWE)に登場したヒールグループ。今やハリウッドスターであるザ・ロック(ドウェイン・ジョンソン)が在籍していたことでも知られます。1950年代に過激的な黒人解放運動を展開し社会現象となった「ネーション・オブ・イスラム」のパロディーです。
所属レスラーは当然黒人系。「この国は白人に支配されている」「WWFは黒人が支配すべき」などの露骨に人種にこだわるマイクパフォーマンスで、大ブーイングを浴びました。
外国人レスラーがアメリカを攻撃するギミックも用いられました。
アメリカをとにかく侮辱するブレッド・ハート
長年ベビーフェースとして人気のあったカナダ人レスラーのブレッド・ハートは、1997年にヒールターン。外国人という立場から、アメリカをクソミソにこき下ろすキャラに変身して観客を驚かせ、次に一番の嫌われ者になりました。
この当時は、言葉でアメリカ人を罵ったり、アメリカ人レスラーを集団で暴行することで「アメリカへの攻撃」を表現していました。
この「アンチ・アメリカ」の表現が次のステージに進むきっかけは、911でした。
4. 「911」と「アン・アメリカンズ」
アン・アメリカンズは2002年6月に結成されたグループで、イギリス人のウィリアム・リーガル、カナダ人のランス・ストーム、クリスチャン、テストら非アメリカ人で結成されました。
トレードマークは、この「逆さまにした星条旗」。
911の後アメリカ国民は愛国心を高め、報復のアフガン戦争に突入。
「アメリカを攻撃する者」への憎悪を皆が募らせていたタイミングで登場したため、観客のブーイングは凄まじいものがありました。
こちらは2002年7月4日の独立記念日の放送。
「♪アメーリカ、アメーリカ」
と、リングアナウンサーのリリアンがアメリカ讃歌を歌っている。
「ストーップ!音楽を止めろ!歌うのをやめろ!」
観客大ブーイング。
アン・アメリカンズのマイクが始まる。
「アメリカは世界を憎悪で満たした!WW1、WW2、朝鮮戦争!おいアメリカ人よ、結果的に朝鮮半島で今何が起こっているよ?そしてベトナム戦争だ。お前らはみじめにも敗北した!お前らアメリカ人は偽善者だ。(…)そしてお前たちは、世界の人たちがアメリカのことをどう言っているか聞こうともしない。アメリカは世界でもっとも批判されている国だ。世界はアメリカを憎んでいる。もちろんオレたちも、アメリカを憎んでいるぜ」
アン・アメリカンズは「愛国的レスラー」を攻撃し、マイクで「アンチ・アメリカ」を訴えるだけでなく、「星条旗を攻撃する」という表現で決定的な嫌われ者となりました。
「お前たちアメリカ人は、世界中の人がお前らをどう思っているのか知らねえのか?こうやるのが一番よく分かるだろうな!」(ガスバーナーに火を付ける)
「星条旗を攻撃する」というのはアメリカ人にしたらこれ以上はない最大の侮辱であり、本当にそんなことをしたら大問題なんですが、とにかく「アメリカ人のアイコン」を攻撃することが「アンチ・アメリカ」の一つの手法になりました。
アメリカ的価値観の攻撃は、その後の「アンチ・アメリカ」レスラーの定番となっていきます。
5. イラク戦争と「ラ・レジスタンス」
ラ・レジスタンスは2003年に登場した、シルヴァン・グラニエとレネ・デュプリュの「フランス人」ユニット(後にロブ・コンウェイが加入しトリオに)。
2003年当時イラク戦争に突き進むアメリカに対し、フランスは国連安全保障理事会で開戦の反対を表明。アメリカ人は「正義の戦争」に反対するフランスに対し苛立ちをつのらせました。
ラ・レジスタンスが登場したのはそんなタイミングで、フランス国旗をアイコンとし「アンチ・アメリカ」キャラの中心的存在となりました。
これは2人のWWE登場前の「煽りVTR」。
「オレたちはもうすぐWWEに参戦し、お前らアメリカ人を「教育」してやる。歴史や文化を破壊するお前らのプロパガンダは受け入れらない。そんなものはオレたちには通用しない。お前たちがオレたちを恐れてるのは、全く異なる視点があるからだ。…(判別不能)…『理解できないこと』を受け入れろ。恐れるんじゃない」
ラ・レジスタンスは「戦争好きの野蛮なアメリカ」を非難し、反抗のアイテムとして「フランス国旗」を掲げました。
それに対する「アメリカ的な正義の対応」がこちら。
フランス国旗をへし折り、
星条旗を掲げる。
リングで星条旗を守ることは「アメリカ」を守ることであり、その行動は正義を表現します。逆に星条旗に反抗する他国の国旗は悪となります。
この手法はWWEだけでなく、他のアメリカのプロレス団体にも引き継がれています。2006年にTNAデビューしたラテン・アメリカン・エクスチェンジは、残虐な南米の左翼ゲリラとメキシコ・マフィアをイメージしたキャラでした。
彼らも星条旗に対抗するアイコンとしてメキシコ国旗やキューバ国旗を掲げ、「アメリカ的」なものに憎悪します。
以下の動画では「アンクル・サム」の人形をさも捕虜か奴隷のように連れてリングに上がり、キューバやメキシコの国旗を掲げながら、「星条旗を燃やしてやる!」などの過激な発言をして観客を煽っていきます。
「この旗は、オレたちの尊厳そのものだ!」
「アメリカの国旗、これはウソと、搾取と、レイシズムの象徴だ!来週オレはこの旗をリングに持ってきて、ギタギタにして、ショ●ベンぶっかけて、燃やしてやるぜ!」
確かに過激な発言といえばそうですが、極めて抽象的な非難になぜアメリカ人は反応してしまうのか。
「アンチ・アメリカ」レスラーが言うことは、ジョン・シナが体現する「アメリカ的」の間逆の言葉。
勇敢、忠誠心 ↔ 臆病者
クリーン ↔ 野蛮、嘘つき
情に厚い ↔ レイシスト
そして、そのような真逆のことを、悪であるアンチ・アメリカの人間が言う。だから怒りを覚えるわけです。
そしてそのような「アンチ・アメリカ」のストーリーは、キャラが新鮮なうちは破綻せず、むしろ上手くワークします。
なぜなら彼らが言うことは見方を変えれば「真実」だからです。
アメリカには根強く差別があり、他国に戦争をしかけ、大量破壊兵器で女子供を含む民間人を大量に殺してきました。
特にアメリカ内のマイノリティの観客はその文脈を理解することができ、「アンチ・アメリカ」キャラを応援して楽しむし、「アメリカ的」レスラーがやっつけられることが快感になります。
そういうコインの表裏のような二面性を持つのが、アメプロの「アンチ・アメリカ」という存在であると思うのです。
まとめ
911以降、星条旗はそれまで以上にアメリカのアイコンとして機能するようになりました。
その動きはアメプロの世界にはっきりと表れていました。それまでは「異なる人々の統合」の象徴だった星条旗が、「異なる価値観の排除」の意味が強まり始めました。
アメリカのショービジネスは、老若男女誰が見ても分かりやすく構成されています。そのストーリーを練りあげるのは、「世の中の動き」を恐ろしく敏感に読み取る脚本家で、彼らによって「ギリギリセーフ」のラインが計算されています。そして時にはそのラインを見誤ることもあります。
単にレスリングを楽しむのもいいですが、そういう部分を深読みしながら見るのも楽しいものです。
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