見出し画像

SS どちらが悪いと言う話ではないと言う話

A子は編集者として初めて、自分の発掘した小説家の出版が決定した。
人間関係を繊細に透明に軽やかに書き上げながら、緻密に計算されたミステリー。
そんな内容の作家につける絵師をどうしようかと悩む。
作家先生からは、絵のことはよく分からないが人物よりも透明感のある美しい風景を描く人がいいと任された。

---1人友人が頭に思い浮かぶ。

趣味を通して知り合ったFだ。
付き合いは10年以上になる。
旅行へ行ったりランチをしたり、心から楽しく過ごせる友人だ。
彼女は日本画を学び、CGの世界へ入って、清涼で美しく、ビル群を描いてもどこか異世界を思わせ、奥行きある風景が素晴らしい絵を描く。
webで仕事を受けたり個展などで活動していて、まだ駆け出しと言える。

イラストレーターまで有望な人材を発掘したとなれば私の評価も上がるかも知れない。

という打算もあった。

しかし、

「私には自信がないわ」

断られてしまう。
コンテストなどことごとくあと一歩で選ばれず、Fは自信をなくしていた。
実家の商売を手伝わないかとも言われ、Fが断れば他人を跡取りに仕込もうと思うと言われてしまったのだという。

「家の商売も好きだから、いっそもう辞めようと思って」

A子は止めた。素直に勿体無いと思ったのだ。彼女の才能が。

「そんなことない、一枚でいいから描いてみて」

励まし、なだめて、
Fもwebで無料で読めるというその作品を読みその世界観に心惹かれてペンを取った。

描いてるうちに楽しくなり、8枚のイラストが描き上がる。

作品への想いを込めた絵だとわかる。
どれも素晴らしく、作家先生も喜ぶだろうとA子は思った。
きっと良い本になる、このイラストで必ず決まると・・・Fに言った。
「そう言ってもらえて嬉しい」
Fは涙ぐんでいた。自分を見つめてくれたA子に心から感謝していた。

その打ち合わせの夜
出版社のパーティがあった。
E美という売れっ子イラストレーターが遠くで人に囲まれていた。A子と同じ歳のはずだ。
細やかな線にガラスのような色合いが幾重も重なり情景が浮き出るような
彼女の絵がつけばどんな本でも売れると言われていた。
A子も将来的に繋がっておきたいが、なかなか近づけない。

しばらくしてお手洗いに行くと、E美が靴を脱いで顔を顰めていた。

「履き慣れない靴を履いてしまって」

酷い靴擦れ。

A子が持っている絆創膏があったが、実はマイナー二次元キャラの推しグッズ。
しかし背に腹は変えられない。
それに、そんなにおかしなデザインではないし。知らない人には分からないだろう。
絆創膏を差し出すと、
「あ!」
E美はそのキャラクターを知っていた。

「私と同じ歳くらいで知ってる人がいるなんて嬉しい」

思いがけずE美と推し話で盛り上がる。
A子の話の流れで限定パンフレットを持っていると分かると、心底羨ましそうにされた。
実は二つあるので1つ差し上げましょうと言うと、
名刺と一緒にLINEを交換できた。

そうしてパンフレットを渡すために会い、
歳も同じ、故郷もE美が小学生時代住んでいた場所だとわかり
2人はすぐに意気投合し、

酒の入った時に、
E美が言った。
webで作品を読んだ、自分の絵を文章にしてるようだった。
「私が絵を描いてあげる」
冗談かと思っていたら、2日後になんと作品にぴったりの絵が入稿されてきた。
編集部に直接送られたそのデータに誰もが息を飲んだ。

これ以上のものがあるはずがなかった。

FにはLINEで「申し訳ないけど」と送った。
返事には「彼女の絵に勝てるわけがありません。仕方がないです」と返ってきた。

思いがけない大物絵師がついたこともあり、大々的に宣伝しようと話は進み、
出版された本は瞬く間に売れた。

ジャケット買いしたが内容も最高だったという口コミもあり、重版もすぐに決定した。

Fには久しぶりに「重版が決まった」とメッセージした。その後の報告とケジメにと思った。
しかし返事は酷いものだった。

「ごめんなさい、あの後、とても辛くなってしまい、今悲しい気持ちが優っていて
今は絵も描けずにいます。」

なんだか私が悪いみたい。

A子は思った。

これはビジネスだ。チャンスを私が掴んだだけ。
どちらが悪いと言うことはない話だ。

「絵が描けなくなったのが私のせいみたいで、そう言うふうに言われたら私、傷つくよ」

そうLINEした。

返事はなかった。

またチャンスがあるかもしれないのだから
彼女には絵を描き続けて欲しい。
私はいくらでも応援するのに。友達なんだから。

それにしても、いろいろなところで褒められて、作家先生にも感謝された。

「ああ、順風満帆だわ。」

A子は明日が待ち遠しかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?