「殻を破る」とはどういうことか。(考察)
先日からNo No Girlsにハマってしまい、毎日審査動画を見ては考察をしています。
講評の際、プロデューサーのちゃんみなさんは、よく「殻」という言葉を使います。
殻を破るとは、どういうこと?
さて、私は演技指導をしていて「この子は鎧を脱がないなぁ。困ったなぁ」と思うことが多いです。
【演技の段取りを決め、セリフのフレーズを決めてしまう】様子を、私は鎧を纏っていると感じます。
その場にいる相手役と、リアルな会話になっていないし、リアルなリアクションが出来ない。(いわゆる演技っぽさを感じる)。
これは、剥き出しの自分でその場にいることを恐れているから、我を守るために纏う鎧です。
こういう役者は、鎧を纏って【周囲を拒絶している】ことに気づかないと、演技の掛け合いが上達しません。
さて、ちゃんみなさんのいう【殻】は同じことなのでしょうか?
少し似ていて、少し違うと思いました。
鎧は外から来る刺激を拒絶するものです。
ステージ上で周囲からのアクションを拒絶し、見たもの、聞いたものを拒絶し、自分の段取りを守るためのものが鎧です。
対して、殻とは、外に出ないための壁ですよね。卵の殻の中にとどまる雛。外に出て行かない自分。
FUMINOちゃんには仮面、SAYAKAちゃんには壁という表現で説明していました。「仮面が取れた」「壁が8割取れた」と。
こう見ると、殻をやぶるとは、周囲に自分自身を見せつけることだと考えてしまいます。
しかしながら「みろ!これが私だァ」というパフォーマンスをしていなかったFteamこそが全員通過したこと、それがとても印象的なんですよね……。
「これが私だァ!」と言って外に飛び出すことが殻を破ることでないなら、いったい何が、殻を破るということなのでしょうか。
「アーティストじゃなくて”人間・本人”だったと感じてしまった」
4次審査の講評で、通過できなかったGirlsに対し、ちゃんみなさんからそういうコメントがありました。なるほど。人間・本人ではダメなのだ。
となると……。
どう説明したらわかりやすいだろう。
例えば、声優レッスンではよく「自分の演技を録音してチェックしなさい」と言われます。客観的に確認するためです。
でも「あれ? 録音して聴いて練習してきた? このシーンで何を伝えたいのかが、分かりにくいままなんだけど」という場合が多く、問うと「はい、ちゃんと録音して聴いて練習してきました!」という答えが戻ってきます。
はて……???
そこで、演技上達してくる子と、変わらない子の違いを確認してみると、下記のことがわかりました。
変わらない子
「やりたいことが出来ているかを確認しながら聴いている」
変わる子
「どう伝わっているのかを確認し、必要なことが伝わらないと感じたら表現を変えていく」
前者は、「やりたいことの再現」が先に立っている。
後者は、受け取る側がどう感じるかにフォーカスしている。
そう、後者のパフォーマンスは、他者の存在ありきなのです。
これが、ちゃんみなさんのいう「殻をやぶる」であり、すなわち外に向けてメッセージを放つ、なのではないかと思いました。
オーディエンスのために、いる。
視聴者・客にパフォーマンスを贈ってくれている。
発表ではなく、作品というギフトの届け手として、ステージから私たちに向けてパフォーマンスしてくれる。
オーディエンスのためにいる。
それが、殻をやぶったアーティストなのではないでしょうか。
わかりやすいのが、NAOKOちゃんです。
二次審査までのNAOKOちゃんは、歌もダンスも飛び抜けて上手で「実力の暴力」と名付けられていました。でも同時に「自分の殻の中でパフォーマンスしている」と、ちゃんみなさんには思われていたのです。
それが、3次審査では、明らかにずーっとオーディエンスに向けて、曲と振り付けの楽しさ、内容を表現し続けており、一分の隙もありません。バチバチに曲と一体化し、ものすごい集中力で歌もダンスも見ている人に向けられています。
https://youtu.be/eMYrPkmlbjU?si=RygIGcSDntLaS8t5
ここでNAOKOの女(ファンの総称)が一気に増えましたよね。
そしてこの3次審査の講評で、NAOKOちゃんはちゃんみなさんから「卵でいうと、まだちょっと割れたくらい。もっと割ってきてください」と言われたのです。
その言葉を受け、NAOKOちゃんは4次審査に向けて、どのように時間を使ったのでしょう。
殻をもっと破る。
それは、「お客さんにもっとギフトを届けられる自分になる」ということです。
NAOKOちゃんは合宿に入る前の、一人で過ごした2ヶ月を、だいぶ練習した、と短く語りました。
4次審査では、どのようなトラックを与えられるか分からないのです。トラックを渡されてから「そのトラックの世界観や作品に対応した表現方法を使えなくて慌てる」なんてことがないようにしておかないといけない。そう考えたのかもしれませんね(想像にすぎませんが)。
だから表現を下支えする、土台となる基礎力を徹底的に鍛え、出来ないことは出来るようにしてから、合宿に臨んだのではないでしょうか。
合宿では仲間と一緒にクリエイティブの作業に徹することができました。
彼女にとって合宿つまりオーディションは、値踏みされる場でもなければ、自分を磨く場でもなく、パフォーマンスを発揮する場。
オーディエンスに届ける作品(ギフト)をクリエイティブする場になっていたのでしょう。
その「ギフトを作ろうとする」方向性や、審査されるという焦りを持たない空気感は、FUMINOちゃんとSAYAKAちゃんのクリエイティビティを最大限に引き出し、まとめたように感じます。
Fteamには焦りなんか見えないのに、作品作りに火がついていました。うっかり徹夜するほど集中してメロディと歌詞を相談し、一番早く曲が完成していましたね。
自信+責任感=覚悟
パフォーマンス審査前夜の彼女たちは、ブリュレで決起集会です。
その様子は穏やかで、審査・吟味されることに怯えてはいなかったように見えます。
ギフトを届けるのが自分という人間で良いのか、自分はこの作品に、このステージにふさわしいのか。
その自信と責任感がないと覚悟はかたまりません。
過信ではなく。
これまでの自分の人生経験や、鍛錬の積み重ねという根拠を伴っての、技術に対しての自信です。
自分の精一杯が、そのギフトにふさわしく、ギフトを表現できるという根拠がないと怖いです。
※ だからこそ、SAYAKAちゃんは一時そこが不安になったんでしょうね。でも、今できること、やるべきことにフォーカスして、3人で一緒に最高のギフトを作って届けてくれました。不安を乗り越えてパフォーマンスを作り上げたとき、8割も壁が取れていたのです。
『B』というギフト。
『B』という作品は素晴らしかったですね。
https://youtu.be/K4e0kj9ja_k?si=geAhqO5dwZS8ZJ7v
自分たちの足跡を肯定し、世界中にいる私たちを肯定し、No No Girlsたち全てを肯定していました。
全肯定です。
ギフトは視聴者にばっちり届きました。
その証拠が動画のコメントと視聴数です。
3人とも受かってほしいと、そういうコメントが多かったです。
そして、NAOKOの女が爆増です。
一気に湧き出てきました(笑)。
この作品を届けたFteamが3人とも通過した。
一人は仮面が取れ、一人は壁が取れ、最後の一人は文句なしという評価です。
NAOKOちゃんとF teamを通して【殻】とは何かを考察できました。
ありがとうございます。
また、素晴らしい作品を届けてくれた3人ともが次の審査に進めたこと、とても嬉しく思います。
おめでとうございます。
この先どうなるにせよ、4次審査に挑んでいたNo No Girlsのみなさんは、アーティストとしての道が見えていると思います。
全肯定です。
その道の方角はどこなのか、ちゃんみなさんが一人一人に向け、愛のある言葉で示してくださっていました。
どのGirlsにも幸いあれと祈ります。
(小声)本当はNAOKOちゃんの歌詞を粒立てる技術や工夫についても書きたかったのですが、長くなりすぎたので割愛。