ランニングの上下方向を考察する2(ランニング理論で遊ぼう)
この原稿は、こちらの原稿の続きです。
先の原稿で上下方向の物理学の計算をやってみました。
今回は、ピッチを変えて計算してみましょう。
まず、前回の計算から、上向きの初期速度:$${ v_1 }$$ は1.73(m/s)でした。
それで、次の接地までの時間は、初期速度に比例するので、初期速度を倍にすると倍に、半分にすると半分になります。接地するまでの時間を60秒で割ると一分間に着地する回数、つまりピッチになるので、初期速度を倍にするとピッチが半分に、初期速度を半分にすると倍になります。なので、ピッチが半分だと85、倍だと340になります。
ちなみに、私の知る限りで一番速いピッチで走る人は、パラリンピック女子マラソンで金メダルを取った道下選手で、230〜240くらいだそうです。(実際にリズムを刻むと分かりますが、これは破格の速さです。一般にピッチ走法と言われている高橋尚子さんは209との事です。)あと、いろんなランナーを見てきましたが、ピッチ150を切る人はまずいないと思います。
つまり、ピッチで倍も差がある事はありえないし、340とか85とかのピッチで走る人はまず居ないのですが、話をわかりやすくするために、倍にしたら、半分にしたらどうなるか、を計算する事にします。
(単純な極端な例で計算するというのは科学では良く使う方法です。)
どれくらいの力が必要か
上向きに初速度1.73(m/s)で飛び上がるには、どれくらいの力が必要でしょうか。
といっても、実際には力をある程度の時間かけて加速させてこの速度にしている訳で、かかる力を想定するのはちょっとややこしいです。
(あとで、接地時間がゼロではない場合を考える時には、その辺もちゃんと考えますが。)
なので、手っ取り早く考察するために、力ではなく力積で考えましょう。力積だったら、運動量の変化で計算できますので。
(力積は力を時間で積分したものと考える事ができます。)
ランナーの体重を50kgとすると、地面に着地する時の運動量は、体重かける速度で、着地の時の速度は大きさは初期速度と同じ(向きは逆)なので、
$$
50 \times 1.73 = 86.5 (Ns)
$$
になります。そして、地面から上向きに力を受けて、上向きに同じだけの速度で飛び上がる事になるので、下向きの運動量 86.5(Ns) から上向きの運動量 86.5(Ns) に変化した事になります。よって、運動量の変化は 86.5(Ns) の倍、つまり173 (Ns)になります。
つまり、体重 50kg のランナーがピッチ170で走った場合、一回の着地で地面から上向きに 173(Ns) の力積を受けた、という事になります。
作用反作用の法則から、これはつまり、ランナーが1回の着地で同じだけの力で下向きに地面を押したという事でもあります。
そして、初期速度が半分になれば運動量も半分になるので、地面から受けた力積も半分になり、初期速度が倍になれば、力積も倍になります。
これは、1回の着地で与える力がどれくらいか、という事なんですが、初期速度が変わると次の着地までの間隔が変わり、ピッチが変わります。具体的には初期速度が半分になればピッチが倍に、初期速度が倍になればピッチが半分になります。
つまり、一定の時間、例えば一分間に、ランナーが地面から受ける力積の合計(これはランナーが地面を押す力積の合計とイコール)は、1回の着地の力積かけるピッチになりますので、初期速度が半分になろうが倍になろうが、元の初期速度と同じになる、という事になります。
一定時間に上下方向に地面を押す力の合計は、どんなピッチでも同じだ、というのが結論です。
良く、ピッチ走法とストライド走法のどちらが効率的ですか、と聞かれたりするのですが、接地時間がゼロという仮定のもとでは、どちらも変わらないというのが、この考察の結果になります。
エネルギーレベルでの考察
運動量のレベルで考察すれば、ピッチが倍になろうが半分になろうが与える力の総量は変わらない、という事でした。
では、エネルギーレベルで考察すれば、どうなるでしょう。
まず先にエネルギーを計算してしまいましょう。
地面に着地する時の運動エネルギーは、公式で $${ \frac{1}{2} m v^2 }$$ で、着地する時の速度は初期速度と同じ大きさになる(向きは逆)ので、
$$
\frac{1}{2} m v^2 = 0.5 \times 50 \times 1.73^2 \risingdotseq 74.8
$$
これだけのエネルギーで地面と衝突している事になります。
そして、エネルギーの式は速度の2乗なので、初期速度が2倍になるとエネルギーは4倍に、初期速度が倍になるとエネルギーは4分の1になります。
(ここのオーダーが力の時と違ってくるんです!)
で、先ほどもやったように、初期速度が2倍だと間隔も2倍でピッチは半分になり、初期速度が半分だと間隔も半分なのでピッチは倍になります。
なので、単位時間に衝突するエネルギーの合計は、初期速度が倍になると、4倍かける2分の1で 合計も倍に、初期速度が半分になると、4分の1かける2で 合計も半分になります。
これはつまり、初期速度が小さい、ピッチが多い走りの方が、地面との衝突で受ける衝撃の合計が小さくなる事を意味しています。
つまり、まとめるとこうなります。
ピッチが多くても少なくても、地面に力を与える合計は変わらない
ピッチが多い方が地面から身体が受ける衝撃の合計は小さくなる。
これはつまり、走りの効率はピッチ走法でもストライド走法でも変わらないが、ピッチ走法の方が身体が受ける衝撃の合計が小さいので初心者向けで、ストライド走法で走るには、衝撃に耐える身体や衝撃を上手く受け止める技術が必要だという事になります。
(まぁ、想定通りと言えばその通りの結果ではあります。)
ただ、これはあくまで「接地時間はゼロ」という仮定のもとでの考察でした。実際には接地時間はゼロではなく、ランニングの時間の中で地面に接地している時間の合計はそれなりの割合を占めています。(速く走るには接地時間が短い必要があるので、上級者ほどその割合が小さく初心者ほど長いと言えますが。)
接地時間をどのように扱うか、は、また少し複雑な問題になります。
(具体的にはバネ運動だと捉えてバネ運動モデルで考察します。バネ運動モデルは物理学的に確立されているので考察は簡単ですが、色々と検討する事項はあります。)
それはまた、追ってやりましょう。