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自分史と日本史の過去から未来へ続く関係 「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション~ひとりの精神科医が集めた日本の戦後」 @東京都現代美術館
日本現代美術最高峰のコレクター高橋龍太郎氏の目から、戦後日本の変遷を辿る展覧会。
最近僕は、歴史家の俯瞰した客観的な目線でなく、個人の自分史、つまり個人の体験とその時に感じ考えたことの記憶からから、歴史が語られることに、リアリティを感じ始めているので、楽しみにしていた展覧会でした。
高橋龍太郎氏は、1946年生まれてというと団塊の世代として、学生運動に身を投じ、映像作家を目指し、学生新聞の編集に参加し、サルトル来日の記事にも関わったとされるインテリ医大生であり、彼の青春は、文化と政治が交錯した時代でもあったと言えます。
しかしながら、草間彌生の映像作品「草間の自己消滅」(1967)を観て、強い衝撃を受け、自己の才能の限界を感じたと言います。
会場でも流れていましたが、現代音楽+呪術音楽+サイケデリックでヘビーなギターの音に導かれた画像は、溝口健二監督の映画で描かれる沼のようなところを彼女が馬を引いて歩く幻想感に彼女のトレードマークの水玉模様が重なる映像でした。
その後、初めて、自身で購入した作品は当時好きだった合田佐和子の「グレタ・ガルボ」だったと言います。僕が、合田佐和子を知ったのは、阿木譲のロックマガジン。
この雑誌の初期の表紙は彼女によるものでした。また、彼女は、今回の展示会にも飾られていたルー・リードが初来日した時に出た日本独自のベスト・アルバムの絵も描いています。
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それから、精神科医として仕事に猛殺されながら、時が経ち、1990年半ばから、現代美術の収集を始めたわけでは、そのきっかけは、精神科医として開業したクリニックに展示するために購入した草間彌生の作品を購入した時、「自分が生きてきた時間が祝福されていると感じた」からだったそうです。
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そして、当時彼が収集したコレクションは、60年代から70年代にかけての文学、映画、写真、パフォーマンスが混在したカウンターカルチャーの空気を伝えるもので、
合田佐和子、横尾忠則、森山大道、荒木経惟そして、鈴木いずみのポートレートが並びます。また、山口はるみのマレーネ・デートリッヒのポートレートのように、広告(パルコ)にそのような作品が使われる兆しも見えました。
そして、彼が本格的にコレクションを始めた90年代半ばは、バブル経済崩壊、阪神大震災、オウム真理教事件など社会を揺るがす出来事が起こり、現在までつながる低成長の時代の始まりであり、日本の戦後のの終わりと位置付けられ、村上隆や会田誠という鋭い批評性を持った新しい才能の登場そしてアニメから花鳥風月まで、日本文化の引用の混在。
そこに、60年代、70年代を過ごした彼を大いに刺激します。
その後、彼は、若い世代の日本独自の表現を「ネオテニー(幼形成熟)・ジャパン」と名付け、
西欧文明の移入により、「明治期に人口早産させられてしまった胎児が、100年の眠りから目覚めたもの」と形容し、この「新しい人類」は、不完全さゆえの生き延びるための創造力そして、自由で時には暴力的な全能感のエネルギーを各作品が提示しています。
そして、その後に起こった東日本大震災を期に、明確なメッセージやダイナミックなメッセージを示すものより、何かが生成する過程や不完全なもの、未完成な状態、あるいは自分の外にある現象や環境に表現をゆだねる作品が多く占め、そして現在もなお、若いアーティストの最新の動向を取り込みながら、彼のコレクションは拡大しているようです。
60年代、70年代のカウンターカルチャーを通過した精神科医が、自分が若かった時代を重ね合わせ、そして、日本の成り立ちを捉えなおし、そして、時代の変遷、社会を揺るがす出来事ともに変化する最新のアートをコレクトすることで、彼の自分史をトレーシング・ペーパーで重ねながらも、日本の現代史の成立ちを想像し、そして現代美術の中から今の時代や来るべき未来を嗅ぎ取りながらコレクションを続ける78歳の彼に時代と個人のダイナミックな関係性を観ることができる大変楽しい展覧会でした。