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これがわたしの戦いなの

どこかの勇者が世界の平和を取り戻すために魔王討伐への冒険をスタートさせた。そんな日にわたしのような凡人も『あるもの』を討伐せんと奮闘している。

その『あるもの』の名前は『冷蔵庫』だ。フリッジと言ってもよい。だから今回はフリッジと呼ばせていただこう。その方が雰囲気が出るからだ。

フリッジは最近まではわたしの一番の理解者であり命の供給者であった。フリッジはわたしがチョコを食べたいと思えばチョコを提供してくれた。豚肉が食べたいと思えば豚肉を捌いた状態で渡してくれた。時にはわたしの命を長引かせるために、わたしが食べたくない緑黄色野菜を勝手に押し付けてきてもくれた。そう、思えばフリッジはいつもわたしに過剰なまでの愛を与えてくれていたのだ。

だからフリッジが悪いのではない。全ては今をとりまく状況のせいなのだ。今わたしは、わたしの事情で隣町に引越しをしなければいけなくなった。フリッジも同行させるつもりだが、一度フリッジを殺し、フリッジが溜め込んでいるものを全て放棄しなければならないのだ。だからもっと厳密に言えば、フリッジを討伐するのではなく、フリッジの溜め込んだものたちを薙ぎ倒していかなければいけない状況なのだ。

しかもこれを悪魔の月の六月の十三日の木曜日という指定された日時までに完結させていなければならないのだ。

フリッジが今溜め込んでいるものを昨夜フリッジが寝ている間に確認した。

メインルームはこれまで何日かかけてフリッジに気づかれないように溜め込んできたものを討伐していったので、残りはヨーグルトや一枚になったチーズくらいだ。

また冷凍庫、別名フリーザには唐揚げや冷凍担々麺などがあるがこいつらもすぐに討伐できるだろう。厄介そうなのは冬の鍋にと購入した肉団子だ。冬を越えて春も過ぎ夏になろうとしているのに、その肉団子たちを討伐することはまだ叶っていない。残された日数はあと数日だというのに。

それにもっと厄介なのがベジタブルルームの面々だ。もちろんトラッシュポイ(ゴミ箱へ捨てる)という技を使えば一発で討伐完了なのだが、わたしはエコなやつなのだ。フリッジに一度貯め込んだものは全部わたしの口に入れないと気がすまないのだ。

今ベジタブルルームにはキャロット、アップル、シメジ、エノキ、ハクサイ、ダイコンがある。通常であれば討伐するのに問題のない面々だが、今は隣町への引越し準備に追われてもいる。だからこいつらの討伐だけに時間をかけていられないのだ。そうなってくると使う技はもうこれしかない。全てを救い、フリッジを同行させるための強烈な一打、そう

究極完全体天地無用陰陽業技 鍋!鍋!鍋!!!

悪魔の月である六月でも関係ない。

全ては鍋が解決してくれる。

全ての野菜たち、そして冬から居座る肉団子を全て鍋にし、わたしはフリッジの溜め込んだものたちを討伐するのだ。

勇者が世界平和のために魔王と闘おうとしているその日、わたしは冷蔵庫の中身を空にすることだけに必死になっている。

勇者には勇者の

わたしにはわたしなりの戦いがあるのだ。

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宝積たまる
ここまで読んでいただきありがとうございます。