感情のるつぼの中にあるもの
大切な女性(ヒト)への誕生日プレゼント。
ぼくは何にしようかと思案していた。
彼女は今回の誕生日で29歳になる、いわゆるアラサーだ。結婚はしていない一人暮らし。地方在住ということもあり、ふだん頻繁に会うわけでもない。だから、当日や前日ではなく、誕生日の2週間後にぼくは会う約束を取り付けた。ぼくの知らない、彼女の住む街で。
(写真でしか見たことのないその街は、どんな街なんだろう、どんな香りがするのだろう、どんな音があるのだろう)
まだ見ぬ街を想像しながら
(アラサー女子。自分に必要なものは自分で買うこともできるし、男女問わず今までに多くのプレゼントを貰ったことがあるだろうなぁ)
と考えぼくは歩いていた。いつもの喫茶店ではなく、自由が丘の街へ向かって。いくつかの坂を上り、街を2つ通り抜けたどりついた、ぼくが昔からよく知っているこの街には、雑貨もあればスイーツもあるしアルコールもある。アクセサリーやアパレルのお店だってたくさんある。
でも、彼女はアパレルの仕事をしていることもあり、アクセサリーはハードルが高そうだ。お菓子、飲み物にぼくは絞る。
TWGの紅茶、faveの豆菓子、パティスリー・パリセヴェイユのクッキー、シャポンのチョコレート…。マリ・クレール通り、自由通りを一通り見てまわったけれども、今ひとつピンとこなかった。たぶん、どれを贈っても喜んでくれる、と思う。彼女は優しい心の持ち主だから。でも、感動を与えることはできないだろう、これでは。
ぼくは自由が丘、お菓子、飲み物を白紙に戻して贈り物を考えなおした。
なんとなく、渋谷方面への東横線に乗って思い立ったことをtwitterのDMで彼女に送る。
『紙にペン(鉛筆)で文字って書く機会ってある?』
『えんぴつはないですねー シャーペンボールペンは しょっちゅうですけど』
『ボールペンって使うんだ?なんか、ライターの友達と話してたらペンで書く機会がないっていってたから(´・ω・`)』
『わたしパソコンないんで だんぜんボールペン派です』
このやり取りで決まった。
東横線渋谷駅で電車を降り、エスカレーターをゆっくりと登って、田園都市線のホームを目指す。
その乗り換えの途中には、汗だくになっているサラリーマン、電話を肩に挟んでしゃがみながらメモをとってる新卒らしきOL、エスカレーターで左右両方を陣取る髪を派手に染めたカップル。多くの人々で埋め尽くされている。アメリカのことを人種のるつぼと言うけれども、ある意味、渋谷もそうじゃないだろうか。平日の昼間だというのに、人は多く何語かわからない言葉がいくつも飛び交っている。
田園都市線のホームから改札を通り抜け地上を目指す。出た先はQFRONTのスタバの前。そう、バスケットストリートという名のセンター街入り口だ。ハチ公前ではなく、ここで待ち合わせをするカップルの片割れが多く見られる。そんな彼、彼女らを20年前は羨ましく思ったかもしれない。でも、この日はそんな感情がわきでてくることはなかった。ちょっとだけ大人になったのかもしれない。
ぼくは駅のホーム以上に様々な人たちが行き交うセンター街を進み右に折れる。向かった先はロフトだ。黄色い看板が目印のその建物はB1に「ほぼ日手帳」を始めとした文房具がたくさん並べられている。
ぼくはその正面から入り、左手奥の方にあるボールペン売り場へと足を運ぶ。旅行客と思わしきアジア系の夫婦が丁寧に説明を受けている。ぼくはガラス越しに並んでいるボールペンを眺める。
CROSS、PARKER、SAILOR、DAKS、LAMY、WATERMAN…。
アジア系の夫婦がその場を去ったところで
「名入れができるのはどれですか?」
ぼくはショートカットで目がクリッとした店員にたずねた。
彼女は慣れた口調でガラスケースを開け、いくつかの説明をしてくれる。ぼくは、あまり多くない名入れができるものから、DAKSの黒いボールペンに惹かれ試し書き。そこでハッとした。
「贈り物なんですけれども、ぼくが試し書きしてもあまり意味ないですよね?あまりというか、まったく」
「そうですね。書き心地は人それぞれですから…。でも、試されるお客様が多いですよ。想いが伝わるのからではないでしょうか。」
クリッとした目の店員はクスッと笑いながら、とても真剣に答えてくれた。
「ですよね。うん、これにします。」
「お客様、贈り物であればペンケースと替え芯もご一緒にいかがでしょうか」
ぼくは黒と赤のペンケースをオススメされ、専用のギフト箱も用意してくれた。
「黒いボールペンだから赤いケースでお願いします。あと名入れも」
アルファベットで彼女の名前を紙に書き2度も復唱。
「仕上がりは中2日となります」
ぼくは承諾し、お会計を済ませ、引換券を財布にしまいロフトを後にした。
渋谷の街は相も変わらず人で溢れている。ぼくの心の中も様々な感情で溢れている。日差しが強く体温も上がっていた。その理由は日差しだけが、原因ではないかもしれないけれども。
3日後、人混みの中をぼくは早足でロフトへ向かう。少しでも早く受け取りたかったから。開店と同時にぼくはギフト用の包装にくるまれたソレを手に取った。
包装された中身を見ることはできないけれども、目のクリッとした店員をぼくは信じる。
ぼくの想いも一緒にくるんでくれたはずだ、きっと。
(彼女にこれで感動を与えることができるのだろうか。)
そんなことを考えながら、ぼくの知らない彼女の住む街へ発つ日を待ちわびていた。
こちらサポートにコメントをつけられるようになっていたのですね。サポートを頂いた暁には歌集なりエッセイを購入しレビューさせて頂きます。