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ネイルアートが生んだ青いバラや北斎の波へのオマージュ

日野ヒロミ(ネイリスト/モデリングデザインアーティスト)インタビュー

 アーティストの日野ヒロミさんは、人の手のように動く球体関節のハンドマネキンを基にユニークなアート作品を手がけている。元々はネイリストだといい、業務と並行してアート作品の制作を始めた。当初はネイルアート業界からあまり受け入れられなかったというのだが……。

《儚い(Ephemeral)》(部分)
2024年、レジンキャスト、アクリルレジン、カンヴァス、アクリル絵具、針金、アメリカンディップ、65×50×15cm、6枚組*

 血の気を失いつつある手が、枯れかけた青いバラを力なく握っている。辺りの水面に落ちた花びらからは切なさが漂う。生命が尽きていく瞬間を象ったこの作品は、日野さんの最新作の一つ《はかない》だ。戦争や災害により、命が一瞬で消え去ってしまう儚さとその美しさを表現しているという。元々は存在せず長い年月をかけて開発された青いバラは、テクノロジーの進歩と美しさの象徴。しかし、青いバラも命ゆえ、寿命を終えれば消え去る運命にある。《儚い》には、技術がどんなに発達しようとも、自然の摂理の中で消え去っていく命の無常感が表されている。

水面に浮かぶ花びらや葉は、くるくると回るようになっている*
花びらが枯れていく過程が表現されている

ネイルアートでもあるアート作品

 細部を見ると、爪にはバラのネイルアートが施されている。一つ一つエアブラシで丁寧に描かれたものだ。手首と指の付け根は球体関節になっており、動かすことができる。

エアブラシで描かれたバラのネイルアート*

 日野さんは、ネイリスト業と並行しながら、このようなハンドマネキンとネイルアートを組み合わせた作品を制作している。アート作品を本格的に制作し始めたのは、2014年のこと。「造形ネイルアート(Modeling design nail art)」という独自の言葉を作り(注)、作風を確立していった。

 きっかけは、自身のネイルアート作品を見せるために、ふさわしいハンドマネキンが必要になったことだった。「美しく質も高いネイルアートは、もはや『アート』として打ち出して行けるだろう」と考える。だが、練習用のマネキンでは思うような優美さが出せなかった。そこで球体関節人形の教室に通い、2015年から2年かけて理想に近いオリジナルの「手」を自ら作り上げたのだ。見た目が美しく、人間と同じように動かせる上に、人間には不可能な幅広い表現ができる。「手」は作品のアート性をさらに高めた。

《オリンポスの神々(Gods of Olympus)》
2017年、レジンキャスト、アクリルレジン、粘土、ダチョウの卵、35×35×35cm
へパイトス、ヘスティアを除くオリンポスの10神を表現したもので、左からヘルメス、アレス、ポセイドン、アポロン、ゼウス、ヘラ、アルテミス、アテナ、デメテル、アフロディテ
《宇宙(Space)》
2017年、レジンキャスト、アクリルレジン、ステンレス、35×25×25cm

 モチーフとなるのは、生き物や食べ物のような具象的なものから、生死や季節といった抽象的なものまで様々だ。日頃から面白そうなものを無意識に探しており、目にしたものからアイデアがぱっと思い浮かぶという。例えば《冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」》という、葛飾北斎の有名な浮世絵を題材にしたオマージュ作品。荒ぶる波を5本もの「手」を使って再現しているのだが、ある時ふと浮世絵の波がいくつもの手のように見えたそうだ。

《冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」》
2022年、レジンキャスト、アクリルレジン、針金、新うるし、胡粉、31×22×25cm

 驚いたことに、どの作品も爪が取り外せるようになっている。展示の際は内部で固定されているものの、ハンドモデルに装着して撮影することもあれば、過去の展覧会では鑑賞者自身が付けられるようにした場を作ったこともあった。

 そのように「アート」であり「ネイルアート」でもあるのが日野さんの作品の特徴だが、当初ネイルアート業界からはあまり理解を得られなかったという。「お客様に施せない『ネイルアート』を作ってどうするのか」と。一方で、ネイルアートに関わりのない人からは、純粋な「アート」として受け入れられやすかったそうだ。見る人の立場によって捉え方が大きく変わるのも、また面白い。

《舞II(ネパール語で「नृत्य」)》
2024年、レジンキャスト、アクリルレジン、針金、羽、30×20×30cm
きらびやかなネイルアート*

「リアル」へのこだわり

 作品の魅力をさらに高めているのが、色や質感への強いこだわりだ。リアルを追求するために対象をよく観察し、情報収集も怠らない。一歩間違えると、フィギュアやジオラマのようになってしまったり、全く違う雰囲気になってしまったりするのだとか。

 前掲の北斎へのオマージュ作品では、浮世絵のイメージを崩さないため、色付けには新うるし(うるし風の合成塗料)が使用されている。自ら混色して理想の色を作ったそうだ。姿がごく一部しか見えない舟の漕ぎ手の出立ちにまでこだわったという。きちんと当時の服装と髪型が再現されているという芸の細かさだ。また冒頭の《儚い》では、なんと実際に本物のバラを枯らしてその過程を観察したそうだ。研究熱心な姿勢に驚かされた。

 「個展やグループ展もまた開催したい」と日野さんは話す。美しさ、不思議さ、面白さを大切にしながら、現在も新しい作品の制作に取り組んでいる。

取材・撮影(*)・文=齊藤愛琴
写真提供=日野ヒロミ


日野ヒロミ
ネイリスト/モデリングデザインアーティスト。1997年、安气子ネイルアートアカデミーを卒業。数年間サロンに勤めたのち退社し、2005年にNBH³(エヌ・ビー・エイチ・キューブ)を設立。雑誌やテレビCMに起用されたタレント・モデルへの施術を中心に活動しながら、2014年から本格的に現代アートの制作を始める。

ギャラリー:https://www.nail-nbh3.com/modeling/gallery.htm
HP:https://www.nail-nbh3.com/
Instagram:@modelingdesignartist
X(旧Twitter):@NailNbh3

注:現在は「ネイル」という語を除き「Modeling design art」という言葉をメインで使っている。

※本記事は、2024年7月12日発行の『Whooops! Vol.37』の記事を転載したものです。
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