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自然光のみで照らされた大竹利絵子の彫刻の魅力

 2024年度の多摩美術大学展覧会設計ゼミ(家村ゼミ)は、多摩美術大学八王子キャンパスのアートテークギャラリーで、昨年10月、家村ゼミ展2024「自然光だけで大竹利絵子の彫刻を置く」を開催した。この展示は、2023年開催の「自然光だけで日高理恵子の絵画を置く」に続く「自然光シリーズ」の一環であり、立体作品を用いた挑戦だった。家村ゼミだからこそ実現できた展覧会の「余白」に着目して、本展示を読み解いた。


 大竹利絵子の彫刻作品は見る距離によって印象が大きく異なる。多くが青年をかたどった木彫りで、表情や姿勢は固く、思わず目で追ってしまうような存在感がある。彩色なしの素木仕上げの作品の数々は、遠くから見るとなだらかな曲線でかたどられているように見える。だが、近付くと表面に無数の鑿跡(のみあと)が確認でき、1人の作家が丹念に彫ったものであることを改めて実感する。また瞳が彫られていない作品が多く、鑑賞者はアーモンド型の枠に各々の感情を投影することができる。

《ユメムシ》2002年 85x25×20cm   木(椨) 写真提供:小川敦生
《ユメムシ》2002年 85x25x20cm    木(椨) 写真提供:小川敦生

 多摩美術大学芸術学科展覧会設計ゼミが2024年10月に開催した家村ゼミ展では、大竹が東京藝術大学大学院修士課程1年在籍時の2002年に制作した作品や7年越しの新作、アトリエに置かれた柘植(つげ)の枝を素材にした作品など、過去から現在までの制作を追うことができた。

彫刻と自然の融合が生む唯一無二の体験

 彫刻を展示する際は、一般的には高輝度のライトを用いて、作品の凹凸を強調する。しかし、本展では、あえて自然光のみによる展示を試みた。その結果、展示空間は太陽の位置や天候などの絶え間ない変化の中に置かれることになる。ガラスを通して入った日光は輪郭をぼかしつつ床に影を映し出す。数十分間彫刻の前にいて、その影をたどりながら時の経過に身を任せていると、彫刻に人肌を感じるという、これまでの美術鑑賞ではなかった体験をすることができた。展示作品は計520平米、最大天井高9mの4つの部屋に対して、合計8点と決して多くはない。しかし、キュレーションをしたゼミ生たちは、そのすべての作品の配置を、それぞれの空間の中で極限まで考え抜いた。ゼミ生は準備の段階で作品の代替品を用意し、導線や採光に問題がない配置になるよう検証を繰り返したという。

(左)《涙》2024年 222x67.5x68cm    木(樟)   /(右)《みるためのドローイング》2024年 3x50x3cm    木(柘植) 写真提供:松倉眞優
《木こりはいなくなった》 2024年 31×22x19cm    木(樟) 写真提供:松倉眞優

 常に変化する自然光を取り入れるのは予測が難しいだけに大変なのだが、彼らにとってはわくわくする作業でもあったようだ。屋外に向いた全面ガラス窓のすぐ近くに顔を向けて設置した人物像もあった。外を歩きながら彫刻を発見し、鑑賞を始める鑑賞者もいた。筆者は3回ほど監視スタッフとして会場内に立つ機会があったが、作品と鑑賞者の関係性を俯瞰している第三の鑑賞者の存在を何度も発見することができ、観客も余白を埋める1ピースとして機能しているのが確認できた。

 このような空間の成立を可能にしたのは、大竹利絵子の作品にほかならない。どこか生々しい剥(む)き出しの表面が光を多様に屈折させ、その影が織りなすしなやかな曲線が鑑賞者の心をめくり上げるかのように作用していた。彫刻本体には、光の移ろいや環境の変化を受け止める受容体として変動しながらも、他に従属せずに孤高の存在感を見せる独自の力があった。大竹の美しい彫刻が、固定された「形象」ではなく、刻々と変化する「現象」としての側面を強調していたのが極めて印象的だった。

《とりとり》2008年 65x109x56cm    木(樟) 撮影:川本理紗

                         取材・文=川本理紗
                    写真提供=小川敦生、 松倉眞優


プロフィール

大竹利絵子(おおたけ・りえこ)
1978 年神奈川県生まれ。2002 年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2004年 同大学院美術研究科彫刻専攻修了後、 2007年同博士課程を修了。現在、同大学美術学部彫刻科准教授。 主な個展に「Hanako」(森岡書店、東京、 2023 年)、「あなたはどこから来たの?」 (小山登美夫ギャラリー、東京、2021年)、「Way in, or Out」(8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Gallery、東京、2015 年)、「たぶん、ミミ」(小山登美夫ギャラリー、東京、2012 年)など。 2006年第9回岡本太郎記念現代芸術大賞 展入選。2024年第31回平櫛田中賞受賞。 作品は札幌宮の森美術館、Japigozziコレ クション、高橋龍太郎コレクションなどに収蔵されている。2023年に初の本格的作品集『Hanako』(torch press)を刊行。


展覧会名:家村ゼミ展 2024「空間に、自然光だけで、大竹利絵子の彫刻を置く」
会場:多摩美術大学八王子キャンパスアートテークギャラリー
会期:2024年10月4日〜22日(終了しました)

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