日常ブログ #34冒険
あれはいつの頃だっただろうか。
一体どこだったのだろうか。
幼い私は、『ドラゴンクエスト』のモンスター図鑑を読んでいた。
あまりゲームに親しくない家庭だったので、その本と内容は、一層魅力的に見えた。
私の心を遥か遠くの魔法と冒険が満ちた世界へ誘ってくれたのだ。
こんな導入だけで、もうファンタジーみたいである。
だが事実だ。
いつどこで図鑑を読んだのか、不思議とすっぽり記憶が抜け落ちているのだが、多分学童で友達に借りたりして読んだのだろう。
ゲームに親しくないとも言いはしたが、全く関わりを持たなかったというわけではない。
我が家のサブカルチャー界隈ではいつも漫画が覇権を握っていたため、その他が勢力を伸ばせなかったというだけである。
当時はDS LiteでファミコンやGBAのカセットを使うようなオツな小学生だった。
しかし、3DSが発売された時、ついにDS買い替えの時を迎えた私もその流れに対応しなくてならなくなった。
3DSにはGBAカセットを入れられるスロットが無くなってしまったので、もう初代マリオも『ファミコン探偵倶楽部』も『鬼ヶ島』も遊べなくなってしまったのだ。
そのため、3DSで遊べるカセットを買う必要があると、最新のゲームを真面目に調べ始めたのである。
そして電気屋さんで、その雫の形をした、かわいいモンスターと目が合い、無意識下にあった冒険を求める気持ちが疼き、『ドラゴンクエストⅧ 空と海と大地と呪われし姫君 3DS版』の購入を決断した。
ような気がする。
違うかもしれないが、そもそもあんまり詳しく覚えていないのでそういうことにしておこう。
この方が運命的ですてきだ。
ちなみに言うと私は決断しただけで買ったのはお父さんである。
ありがとうお父さん。
『ドラゴンクエストⅧ 空と海と大地と呪われし姫君 3DS版』
失礼、趣深い文字列だったのでつい並べてしまった。
しかしなんて素晴らしいタイトルだろう。
経済力と時間さえ許せばドラクエシリーズ全タイトルを回収してプレイしたかったものだが、そうもいかないのが現実である。
現実は冒険より厳しい。
それでも、やはり一番最初に遊んだドラクエゲームであることは、ものすごく思い入れを強くするものだ。
夢中になって遊んだ頃から10年近い年月が経った今でも、この副題とあのテーマ曲を耳にすると、心の奥底にしまっていたはずの冒険心がうずうずして思わず血沸き肉踊ってしまう。
何だか胸の内に愛が溢れてたまらないので、もう一度タイトルを書かせてもらおう。
『ドラゴンクエストⅧ 空と海と大地と呪われし姫君 3DS版』
好きなものを思い出すと、当時自分が感じて気持ちまでもが蘇ってくる。
そう、私はいつでも勇者タマに戻れるのだ。
勇者タマは自己愛が強いたちで、お金の許す限り最上の装備を揃えていた。そのためパーティーに仲間たちはいつも貧相な初期装備のままで放置していたことをこの場で謝罪する。申し訳ありませんでした。
時効ということで許して欲しい。
そして勇者タマは向上心が強く、己の限界を超えることが何よりの喜びだった。
だからサブクエストを無視して草原を駆けずり回っては、モンスターに突進して狩り、経験値を集めた。
その姿を見た者は、私のことを砂漠の暴走機関車と呼んだとか呼ばないとか。
ミニゲームをやり込むでもなく、サブクエストまで回収するでもなく、順当にストーリーを進めるでもなく、朝から夜まで延々とモンスターを狩り続けた。
勇者タマのパーティーは止まることを知らなかった。
それはひとえに、この冒険の世界を何よりも愛していたからである。
いつまでもいつまでもこの世界に浸っていたくて、一番長く遊ぶために、ひたすらレベル上げをするという選択をしたのだ。
だが、やがて限界がやってきた。
そろそろ世界救うかと、草むらを走り回るのを止めて暗黒神ラプソーンとの戦いに臨んだ時、私は思った。
これ倒せるぞと。
もちろん勇者タマだってわざわざ暗黒神のところに舐めプをしにやって来たわけじゃない。
これまで何度か暗黒神ラプソーンに挑み、敗北を喫し、レベルを上げなければと草むらを走り回っていた時に偶然、経験値を大幅アップできるラッキーモンスターことメタルスライムの溜まり場を発見し、面白いくらい経験値が上がるので楽しくなり、気がついたらそこの高台だけで合計プレイ時間の半分まで到達してしまっていたというわけだ。
このままでは世界を救う勇者なんだかメタルスライム狩り職人なんだかわからなくなる。
アイデンティティ崩壊の危機、と思い、再び強敵に挑んだ。
世界の命運より己のアイデンティティの方に天秤が傾いている勇者、それが勇者タマである。
そうした紆余曲折を経て再度暗黒神のところに行ってみたら、なんだろう、まるで手応えがない。
何だったら可哀想とまで思えてしまう。
こんなに邪悪なのに。
暗黒神なのに。
メタルスライムと何十時間遊んでた不良勇者に赤子ひねりにされてる暗黒神。
大ダメージ喰らわせても一瞬で全回復されてしまう暗黒神。
何度も戦っているから手の内も弱点もバレてる暗黒神。
なんか弱くね?あ、こっちが強くなりすぎたのか〜、って言われちゃう暗黒神。
こんな暗黒神はいやだ。
暗黒神よ、今の私にとって今の君は、最初の街トラペッタを出た直後に出くわしたスライムよりもか弱いと感じる。
それがなぜだか、切ない。
だって暗黒神を倒したら冒険が終わってしまう。
いや、多分ボスを倒した後も裏ストーリーとかエンディングクエストとかがあるんだろうが、それはそれとして。
私ら暗黒神倒すためにここまで頑張ってきたじゃん。
目的達成したら冒険終わっちゃうの?
暗黒神倒したらもう終わり?
そんなのいやだ、まだ終わりたくない。
私はもっとこの冒険の世界を味わいたいし、もっと高みのレベルまで到達したい。
がんばれ暗黒神。負けるな暗黒神。
結界破るけど、やられるな暗黒神。
必殺技打つけど、倒れるな暗黒神。
もはやプレイしてる私がどちらの味方をしているのかわからない。
世界を救いたい、でもまだ戦っていたい。
板挟みの感情に揺さぶられながら、ダメージを受けている暗黒神を見ながら、私は考えた。
そして気づいたのだ。
私の中で、暗黒神の存在がどれほど大きいか。
暗黒神がいない冒険なんて冒険じゃない。
そう、暗黒神。
あなたは私の大切でかけがえのない暗黒神だよ。
そうして勇者タマは、剣を下ろし、暗黒神のイオナズンを受け入れたのだ。
それ以来、私は3DSを開いていないし、冒険にも行っていない。
私の冒険は未完成なままだ。
今にして思えば、冒険を完遂できていないことを少し残念に思う。
しかし、あの時の勇者タマの選択を、私は決して恥じたりしない。
だって、今もまだ私の心はあの冒険の世界にあって、いつでも戻っていけるのだから。
いつでもまた、暗黒神と魔法を交えることができるのだから。
それが今でも本当に、心から嬉しいと思うのである。
今度実家に帰る時には、何年ぶりに3DSを引っ張り出して、冒険にでかけようと思う。