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日米併願不合格体験記

 某予備校では不合格体験記なるものを書かせて自分の敗因を振り返らせるらしいので、今後の糧と、後輩たちの反面教師として自分の受験を振り返ってみようと思う。

わたしについて

これを書いている人間がどんなやつなのかという、読む上での前提条件。
・米大:12校出願、9校不合格/2校aidの額が足りなくて不合格/1校結果待ち(99%落ちてる)
・国内大:前期不合格、後期合格
・地方在住女子
・米大進学者ゼロ高校(ヨーロッパは数年前に1人)
・海外経験は旅行のみ(韓国)
・経済的余裕×
・Humanities志向
ここまで読むと逆境からの挑戦感が凄いし、実際それを売りにしてたところもあったけど、私はそこそこに恵まれた環境にいた。小さいころから海外に興味を持つ土壌があったし、学校の成績もかなりよかった。米国大受験の経験などない学校の先生方も柔軟な対応をして下さり、素晴らしい推薦状を書いてくれた。多くの課外活動に参加し、エッセイもたくさんの優秀な先輩方に見て頂いた。夏季・冬季補習では授業を受けずに二次対策やエッセイ執筆を許してもらい、直前期には学校や授業を休んでエッセイを書くことも暗黙の了解で認めて頂いた。
 それなのに、結果は冒頭の通りである。何一つ、引っ掛かりもしなかった。

なぜ不合格だったの

 志望校を決めるのが遅かった、テストスコアが不十分だった、金がない、など客観的に考えて理由はたくさんある。でも、その根っこには同じ理由があると思っている。
 すなわち、"切羽詰まった動機"の不足、もしくは切羽詰まっていないと物事に取り組めない怠惰さである。
 私が海外の大学に行きたかった理由は、結局のところ”憧れ”だけだった。海外でなければ学べないことがあるのでも、日本の受験や学校に向いていないのでもなく、ただただ海外で学ぶことにワクワクし海外大生の先輩に憧れていただけだった。
 もちろん、最初海外を意識するきっかけなんて多かれ少なかれそんなものだろう。ただ、凡人の私はそれだけではダメだった。私は非常に意志薄弱な、典型的な三日坊主タイプの人間である。したがって、海外大受験の苦しさを乗り越えるためには、背水の陣で臨む必要があった。
 しかし切実な海外大進学の理由がなかったこと、下手に視野が広かったゆえに大学行けなくてもなんとかなるさ~的な考えが生まれてしまったことも手伝って、私は受験から逃げた(ずっと行きたかった大学にも出願せず、柳井の合格型にも出していない)。キラキラ課外活動に手を出しまくっていた1,2年と異なり、エッセイや出願が進んでいって、ひたすら自分の無能さが露呈し続けるのが苦しかった。そうならないように自信になるスコアメイキングや課外活動をしておけという話なのだが、そこまでの道のりでもすでに例の三日坊主病が発揮されていたのである。すなわち、ヤバさを感じなかったから勉強しなかった。これまでの人生、テストというものは得意だった。さらにインターでもなく帰国生もいない地方私立では、こんな自分でも周囲と比べれば明らかに英語ができた。ゆえに私は慢心してしまったのだ。まさに井の中の蛙である。
 そして、これが一番問題になったのは大学受験そのものよりも「お金」であった。「わざわざ海外で学ぶ理由がない」というのが最も問題になるのが奨学金だ。奨学金とは言ってみれば投資、出資者にこの子を応援したい!と思ってもらえるかどうかが勝負というわけだ。そして、応援したいと思える子というのは、「将来『この子を応援してよかった』と思えるような子」、つまり将来社会的な価値を生み出しそうな子だろう。現時点でやりたいことが明確にあって会社とか設立している生き急ぎ系ばかりが評価されるのには疑問もあるが、数千万という額のお金をいち高校生の大学進学にかける以上、ある程度リターンをもたらしてくれそうな子を選ぶのは当然だと思う。そして「この子を留学させたら将来社会的な価値を生み出しそう」と思ってもらえるには、留学の目的や内容の具体性が不可欠だ。(私見だがこの考えが最も如実に表れているのがjasso給付型だと思う)ここにおいて、留学したい理由の根底に憧れしかないというのは大きなディスアドバンテージだった。
 海外に行く理由がないなら、作らなければいけなかった。それが正しいかどうかは置いておいて、「海外大に行く」と掲げたのなら何とかして海外大に行く方策を考えねばならなかった。色々な課外活動にトライしたのはよかったが、その中で自分のやりたいことを明確にする作業を怠っていた(この分野に興味があるな~、これを学んでみたいな~くらいのふんわり加減だった)。生クリームをいっぱいに詰めたような頭で、それでも「最近の子は意識が高くてすごいね~」なんて褒められてしまったら、その甘さを標準だと思い込んでしまった。そのくせ自分の考えにだけは批判的思考が働くのだからタチが悪い。自分の思考のふわふわさ加減に気づいて、考えて、わからなくて、逃げたくなって…の繰り返しだった。

 総括すると、私の敗因は「海外大受験を舐めていたこと」「切羽詰まらないと頑張らない怠惰さ」「その結果の無能さ」の3点である。私は結局前期で落ちた日本の大学に行くために浪人する。海外なんか受けなければよかったのに、と思われる方もいるかもしれないが、アメリカの大学を受けたことで自分が如何にゴミ人間かということに気づけたので、日米併願したこと自体に後悔はない。(もちろん受験を通して知ったことや出会いもかけがえのないものである。)浪人の1年間は、私のゴミ性を閉じ込めておける環境を作り上げることに心血を注ぎたいと思う。

 この結果は私の心性、バックグラウンド、偶然すべてが絡み合って出た結果だ。私など比較にならない逆境から海外進学を果たした方もいる。ただ、海外大進学の裾野が広がりつつある現在、「海外じゃなくてもいい」海外進学志望者は多いのではないかと勝手に思っている。お節介かもしれないが、そういう人こそ、海外大で何をするのか、なぜ海外なのか、なぜ自分なのかを考え、言葉にし続けていくことが、特にアメリカの大学に奨学金を得て進学するためには重要なのではないかと思う。

 以上、自己分析のために書いたような不合格体験記。この恥さらしをここまで読んでくれた方がいたなら、もういくらバカにしてくれても構わない。最後に、何か少しでも有益な情報を残さないと申し訳ないので、母校の後輩のために海外大受験について私が知りえたすべての情報をまとめたnoteを貼っておく。何かのお役に立てば幸いである。


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