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自分のパンツは自分で洗え~3、あなたの精子は老化しないんですか?②

「普段、あまりカフェには行かれない感じですか?」
「そうですね、缶コーヒー飲むだけで」
「缶コーヒーも美味しいのたくさんありますよね」
 プライドを傷つけないよう、コーヒーの頼み方は自分もわからないふりをしたのだが。Dさんは「いやー、わっかりませんね」と鼻で笑うばかり。
 やがて運ばれたコーヒーは、こだわりの店だけあってとてもおいしかった。素直においしいと感動する私と対照的に、Dさんは無言で口をつけるだけだ。
「お仕事中もコーヒーは飲まれるんですか?」
「インスタントコーヒーばっかりです」
「インスタントも美味しいのたくさんありますよね」
 これ以上コーヒーの話をするのはやめたほうがいいだろう。Dさんもお見合いの席で知らないものが出てバツが悪いのかもしれない。
 さて、話題を変えるなら何がいいだろう。読み込んだプロフィールを思い出しながら、私は質問の内容を考える。
 お見合いではNGとされる話題がいくつか設定されている。あくまでも最初は人となりを知るため、結婚の条件など核心をついた話をしてはいけない。さらに、お互いの活動状況について話すこともNGとされているため「まだ入会したばかりで全然わからなくて~」を使えないのが厳しい。
 プロフィール写真では凛々しく見えたDさんだが、会話の節々に斜に構えた印象があった。なるほどこれが写真と実物とのギャップか。
「そういえば、申し込みしてくださったときの写真、撮りなおしたんです……」
 しかしDさんは写真を覚えていなかった。私の仕事内容についての質問が重なり、医療関係の旨を話す。お住まいは札幌? そうです。Dさんはここからお車で1時間くらいですか? そんな当たり障りのない会話が続く。
「Dさんのお仕事されている方に初めてお会いしました。責任感のある仕事ですよね、すごいです」
「本当は違う仕事をしたかったんだけど、試験に落ちたんで」
「……でも、今のお仕事も試験がありますよね? 知識だけじゃなくて、柔道とか剣道とか、武術の心得も必要になるんですか?」
 仕事の話で、ようやく会話が動き出した。本州出身のDさんは、学生時代から今の職に就くまでいろんな経緯があったらしい。それに相槌を打ちながら、少しずつ相手の情報を引き出していく。
 純粋に、彼の仕事に興味があった。仕事内容が作品に直接関わるわけではないが、聖地巡礼をするほど好きな作品なのだ。Dさんは仕事内容について口も滑らかに話し、私は純粋に楽しく聞いていた。
「Dさんのお仕事って、北海道でも何か所か営業所がありますよね。ずっと今のところで働いてらっしゃるんですか?」
「そうですね、自分が異動することはないとは思いますが、もし打診があった場合は必ず久深さんに相談しますよ。単身赴任で働いている同僚も多いので」
 私は彼のスイッチを入れてしまったらしい。
「仕事柄、転居や住まいに関わる補助は多いので引っ越しの時も心配ありません。結婚後の住まいも、僕が札幌になっても問題ないですし。職場には車で通えるので、仕事を続けてもらっても生活が変わることはないかかと」
「私も車の運転できますから、職場も異動希望を出せば……」
「あなたはお姫様みたいに助手席に乗ってもらって大丈夫です」
 その言い方に含みがある。Dさんは会話の端々に皮肉が込められていた。
 そもそも私は仕事についての希望を話していない。今までの部署に残ることも、Dさんの住まいがある地域の部署に異動希望を出すこともできる。それを話そうとしても、彼は遮る隙もなく話し続けるばかりだ。
 彼の年収はプロフィールに記載されているとおり、年齢に応じてこれからも給料が上がること、安定した仕事のため生活には困らせないこと、福利厚生にどんなものが含まれているか……
 いやいや、待て。
 私はそんなこと一言も聞いていない。
 そして私に対する質問が一切ない。
 彼が自分のことを一方的に話し続けているだけだ。
「……とまあ、こんな感じです。こんなのでよければ、今後もよろしくお願いします」
 彼の条件を一方的に羅列されるうち、約束の一時間が迫っていた。
 なにか私が気に障ることを言ったのだろうか。別々に会計を支払い、店を出る。Dさんは車で来ているため、地下鉄駅には向かわずその場で解散だった。
「今日はありがとうございました」
 挨拶を交わし、後ろ姿を見送る。呆気にとられ、しばらくその場から動けなかった。

 Dさん、私に興味がなかったのかな。
 こちらが質問するばかりで、あまり私のこと聞いてこなかったな。
 仕事も、副業は何をしているのか聞かれると思ったんだけどな。
 Dさんのお仕事について質問されるの嫌だったのかな。
 結婚の条件や生活についてって最初は話さないんじゃなかったかな。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、まっすぐ帰る気にもなれず適当なカフェに入りなおした。
 お見合いが終わると、会員ページには回答を促すリンクが貼られていた。YESかNOかを選び、双方がYESとなれば仮交際につながる。相手のフルネームや連絡先を知るのは仮交際が始まってからだ。
 活動のコツとして、桜田さんは『生理的に受け付けない人以外は、なるべくYESにしてくださいね』と言っていた。『活動で困ったことがあればいつでも連絡ください。お見合いの感想も聞かせてくださいね』と、素直な気持ちを伝えることで、桜田さんも私の性格を把握していくのだろう。
 正直、DさんはNOだ。私に対して興味がないのだと、それがはっきり伝わった。ではなぜ向こうからお見合いの申し込みをしてきたのか? お見合いでは条件を羅列するのではなく、お互いを知るための会話が大切ではなかったか。
 初回のお見合いからNOを送るのはどうなのか。このペースで活動しては次に繋がらないのでは……いや、でもな、私はコーヒーの注文の仕方がわからなくても「この豆ってどんな味なんですか?」「淹れ方でどう変わるんですか?」「コーヒーの世界も奥が深いんですね」とポジティブに切り替えるタイプで、「全っ然、わっかりません」と一蹴する学習意欲のない人はだめなのだ。

 ……よし、断ろう。

 NOの返事をする際、相手へのフィードバックと使われる理由を選択しなければならない。『清潔感がない』『写真と印象が違う』など項目があり、それは匿名性のため私が選んだものだとは本人に伝わらない。
 今回は『価値観の違い』か。そして、Dさんとの会話内容などを感想として綴り、送信した。

 お見合いって、難しい。


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