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自分のパンツは自分で洗え~3、あなたの精子は老化しないんですか?①

 プロフィール写真を変更してから、会員サイトのマイページにお見合いの申し込みが続々と届いた。
 入会してすぐ、天童よ〇みの写真の時期とは申し込みのペースが違った。その露骨さに、嬉しさは感じない。
 プロフィールが公開されたのは10月下旬、本格的に活動が始まったのは何の偶然か34歳の誕生日一か月前だった。仲人からの紹介と自分からの申し込みは月が替わるとリセットされてしまうため、残る10日でこちらからも申し込みをしていかなければならない。
 自分から申し込みをする際、居住地や年齢などで絞り込まなければ全国の会員が表示されてしまう。そこから一人一人のプロフィールを読み、お気に入り登録をしておくと申請漏れを防ぐことができた。条件も絞り込みすぎると良いご縁を逃してしまいかねないため、喫煙やお酒の条件は緩めにしておくのがコツだ。
 自分からの申し込みは一ヶ月に3件まで、受けるぶんには無制限。中にはこちらが絞り込んだ条件に入っていない人もおり、居住地が本州の人でも仕事の都合で頻繁にこちらに来る人もいた。こちらから探すには難しい人のため、そういう申し込みは素直にありがたかった。

 相談所で活動するにあたり、桜田さんからアドバイスされたのは『いろんな方と会ってみましょう』だ。私が相手に求めるのは、年齢や年収などの条件よりも『小説家の仕事を理解してくれるか』であり、それはやりとりを通してその人の価値観や人間性から見極めていくしかない。
 私はお見合い申し込みのプロフィールを読み、よほど条件から外れない限りなるべくYESの返事をするようにした。
 結婚相談所とマッチングアプリ、初回コンタクト成立までの流れは大差ないように思う。どちらかが申し込み希望を送り、相手がOKをすればマッチング成立。マッチングアプリの違いは、その後メッセージのやり取りを行わず、初回のお見合いの日程を決めることだった。
 日程や待ち合わせ場所を決めるのは相談所のシステムに組み込まれている。お互いがプロフィール画面で登録したお見合い希望日から一致するものをシステムが抽出し、自動で日時や場所の候補が挙がる。一致しない場合も双方のスケジュールから候補日を選びやすく、待ち合わせの際に目印となる服装を記入する項目もある。この段階ではメッセージのやりとりをすることはなく、相手を知るすべはプロフィール情報のみだった。

 活動をスタートして最初の週末、さっそくお見合いが決まった。

 待ち合わせは大通駅近辺ーーといっても、大通に待ち合わせ場所はたくさんある。詳細もシステムで選べるところが非常にシステマチックにできていた。札幌駅の広場、赤レンガテラス、HIROSHI前、三越のライオン像などなど、地元民にはわかりやすいものが目印になっている。
 お見合いは日曜日の15時、大通駅地下歩行空間入口。私はワンピースにトレンチコートを羽織り、お見合い相手のDさんが来るのを待っていた。
 もし電車の遅延や渋滞で遅れそうな場合は、専用のクラウドシステムで連絡を取り合うことが可能だ。当日のドタキャンはペナルティーとして相手に5000円支払うルールであり、もし万一そんなことをしようものなら担当仲人から厳しく注意されるに違いない。
 私はお見合いのためにワンピースを何着か新調していた。プロフィール写真ほどデコルテや花柄などこだわる必要はないが、普段のワードローブはお見合いにしてはカジュアルすぎるものばかりだ。Dさんはスーツ姿と記載があり、女性側も華やかなスーツであれば良いのだろうが、私はあいにくリクルートスーツしか持っていない。新しいブラウスを買うより、正直、手持ちの着物を組み合わせたほうが楽だというのが本音だが、それは桜田さんに「相手の方がびっくりしてしまうのでお着物はやめてください」と言われていた。
 Dさんが到着するまでに、スマホでプロフィールを再読する。お見合いの時までにわかるのは下の名前のみ、うっかり自分の苗字を言いそうになるので気をつけなばならない。待ち合わせ場所にそれらしき人が現れたら「〇〇さんですか? はじめまして〇〇です、今日はよろしくお願いします」と挨拶する。お見合いの時に相手のプロフィールを読んでいないのは失礼にあたり、名前を間違えるなど言語道断だ。
 Dさんは7歳上の40歳。プロフィール写真はバストアップではなく全身像で、無駄な肉のないすらっとした体系をしていた。俳優の山本太郎似で、引き結んだ唇が凛々しい印象を与える。プロフィールを読むと、普段の生活では出会うことのない特殊な仕事をしていた。
 当時読んでいた本に、彼の仕事が関わる作品があった。純粋に仕事内容を聞いてみたいという好奇心もある。
 なにより、彼は私が天童よ〇みのプロフィール写真の時に申し込んできた人だった。
 待ち合わせ時間5分前、彼は指定の場所にやってきた。私の姿を認識、挨拶を交わすのも事前に定められたルール通り。
「はじめまして、久深さんですか? Dです」
「はじめまして、今日はよろしくお願いします」
 待ち合わせ場所は指定されているが、実際に入る店までは決まっていない。最初はお茶と決まっているため喫茶店になるが、スタバやドトールなどは落ち着いて話せないためNG。二人とも待ち合わせ場所近くの喫茶店を知らず、適当に階段を上りそれらしき店に入った。
 店員に促され、窓際の席に向かい合って座る。まだお互い緊張が抜けない中、運ばれたメニューを見るとコーヒーの種類が豊富だった。
 コーヒー豆の種類はもとより、ペーパードリップ、ネルドリップ、フレンチプレスと抽出法まで異なる。私はカフェによく通うためその違いも分かるが、Dさんはあまり詳しくない様子。私は店員さんに質問をした。
「すみません、豆の違いや淹れ方があまりわからなくて」
 コーヒーがこだわりの店だけあって、店員さんもすらすらとよどみなく話す。ブレンドが3種類あるが、焙煎によって酸味があるものやフルーティーなものなどそれぞれ特徴がある。一般的なペーパードリップ、布で濾すネルドリップ、フレンチプレスで飲める店はなかなか珍しい。
 私はカフェで原稿を書くことが多く、さらに作中にコーヒーを登場させた際に勉強したため知識はある。が、知識をひけらかしては男性のプライドが傷つきかねない。店員さんのアドバイスを受けながらそれぞれ注文を決めた。
 店員さんがメニューを回収し、背を向けて間もなく。Dさんが口を開く。

「……全っ然、わっかりません」

 その響きは嘲笑。それに私は違和感を覚えた。


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